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Collection詩集 T       


今野和代
今野和代


















































































詩集 
ニコラス・スレッジ・ブルース・マシーンを聴きながら

今野和代
思潮社 200810

様々な場で立ち、読んだ詩を集めた。その場で、リフレインされ、
カットされ、変容していく、声の残響、声の楔であると同時に、
声によって息づき始める「朗読詩集」である。
(あとがきより)



 

  するっと

 煌々と荒涼
 地上からは歌と火で葬られた
 浮遊したり 波になったり
 風になったり 土になったり
 バニラの木の楕円の葉蔭から
 二度けものくさい男の声がした
 「尾山口からは
 光と一緒においき
 俺がついていってあげられるのは
 この稜線までだから……」
 青磁の冷めたさの濃い群青を空に溶かせて
 夜の尻尾を巻きつかせると
 梅の匂いが濃くなった
 眼のなかのもうひとつの眼がみている
 野枝さんだろうか
 晴ればれと額をあげて
 なだれるように
 あわいをよぎっていく
 流浪の 美しい さいごの 生きもののかたち
 ジオラマになっていくえにもかさなりながら
 なつかしげに眉をしなわせた
 しんかんと昇ってくる
 透明な夜あけ いっせいにひかりの
 手斧がふりおろされ
 はじけ飛ぶ
 涙腺も性器も
 名前もおもいでも
 わたしは光のかけらになって
 するっと吸われた
 れいろうの
 空





  
伝言

 ここで
 この道で
 おわかれ
 バイバイさいなら
 死んでしまったひと
 あんたの記憶はあざみがかった
 なつかし色の痛さで
 せまってくるけど
 うちはもうすこしいく
 虚無みたいに冷たいカチンコが鳴って
 パチンと広がる緑の方角
 夢への発熱
 胸の光線

 冒険王
 の恋人を
 抱きよせる
 このぶあつい闇
 ぶつかりながらつっきる
 動乱のハリケーンステーション
 いく駅もいく駅も越える
 と胸の高さぎりぎりまで
 ひっつかみにくる
 ひびいてくる
 いつもうまれたての
 ストーミーブルースのうた
 いつかうちらの空に
 かかるかな
 とびっきりの
 満月
 だからね
 夜っぴて野生
 まだ見たことのない
 光の氾濫の
 朝まで





  破裂の八月


 はっ!
 八月 はっ ハッシと 葉月
 アジュルの光線
 今日もまだ
 乱反射の
 ただ中
 おい
 君
 
 君の
 そのむこうの君
 そのまたむこうの
 知らない横顔の君が
 破裂のリュックを背負って
 メトロの階段を下っていく時
 君のやわらかなぶあつい胸によぎったのは
 遠い山脈にけむる薄荷色の稜線
 人なつっこい うまめがし
 の葉うらの輪郭を吹く風
 瀕死の手負いの一角獣
 瓦礫の町血まみれの妹
 永遠の昼下がりの
 時間の隊列
 黄金の蝸牛
 あっ!


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