◇お断り◇表記できない漢字は別の漢字に置き換え、また、ルビは()で表示しています

         Collection詩集 T


関はるみ
関はるみ


















































































詩集 
呼び止められて

関はるみ
澪標 200711

実を持たぬ者の生きる証は何だろう
桜の花弁が散る速さと
枯葉の散る速さの違いを知っている
渇いた涙の重さが分かる (「見えないもの」より)



 

  頭はどこへ行った

 
隠し湯の宿で
 こんな姿でお客様の前にと
 小さな体をまだ小さくして
 頭の無い魚が
 涼やかな水色の皿に横たわっていた
 どんなに小さくとも頭が付いて一尾だ
 頭は何処へ行った?
 火中の土瓶の中で大豆スープの手助けだ
 他にはなにもない
 頭だけではせつないね
 身を食べた後の骨と尾もあとから従うが
 岩魚の地団駄の声が聞こえるようだ
 それでも私は柔らかい味を楽しんだ
 やがて乳白色の濃いスープの残りに
 抜け殻は透けたまま放心していた
 私が両の目と口で確かめたからには
 観念したよね
 身を剥がれた岩魚の
 濁った左の目が一瞬光った





  見納めて

 
律儀なまでの従順な春の使いは
 誇らしげに
 自分の姿を川面に確かめる
 みなぎる精気で命の色を映して
 華やかに喜びは土手に広がる
 競争心はひととき隠して

 一年前の春の日
 老夫婦が見上げた桜堤には
 れんぎょうも黄色に輝いて
 しなやかに枝先を揺らして

 それは今年もそうだけど
 去年の花の終わりどき
 歩みを揃えて
 黄昏の中に音も立てずに溶け込んで
 やがて二つの花地蔵に
 静謐に俯いて

 片袖の身で
 私は花地蔵にはなれないけれど





  手袋

 
スカートの裾を揺らし
 女が通り過ぎた
 隠している葛藤
 手袋の片方を落としてしまったから

 男は拾い上げて
 大事に抱えて持ち帰る
 ベッドの上で
 手袋に顔を埋める
 女を想う
 斜めに傾きながら遠のいた

 女の暗い庭の一隅に
 片割れの手袋が落ちている
 五本の指がずんずん伸びて
 もっと伸びて
 五本の木となり
 黄色の花を咲かせた

 男が伸ばした指の先
 ベッドの脇の
 飲み止しのコップには
 首のない細い茎が
 たった一本

 index