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Collection詩集 Ⅰ         


桂木恵子





































































詩集 
小さな窓から

桂木恵子
編集工房ノア 20159


薬の説明をするとき
五感のすべてを集中する刃物のような視線で
わたしのことばを真っ直ぐ視ている
 (「視線」より)



  小さな窓から

小さな窓から 処方箋を受けて 薬をつくる

一枚の紙切れが 体の悩みを伝えてくる
高血圧
不眠
消化器の不具合

更に処方箋の片隅の番号やゴム印が
人の暮らしぶりを伝える

六十五歳になって退職すれば
処方箋は「老」のゴム印が押される
医療費が下がる事を喜ぶ人もいるが
明日からの自分の行き場を失って
おろおろする男もいる

乳 寿 老 生 特など印は沢山あるが
この頃「母」という印が多くなった

この間までヤマモトさん
今日からイノウエさんになって
「母」になる
母子の医療費は免除される
子が「乳」というのも多い

まだ「父」という制度はないが
父親に引き取られる子供の数も多い

離婚する人が多くなっている

小さな窓から世の中がよく見える





  だんご

  銀河鉄道の特急券も買うてやってへんのに
  家内は一人で天国に行ってしもた

クニチカさんは薬局に入ってくるなり言った

十七歳も年上の妻の世話を長年ひとりでして来た男は
腰を傷め心臓を患いながら
それでも妻にしてやることが充分でないと嘆いていた
そのうち
誰かが福祉の手を借りることを勧めたのだろう
妻は入院したけれど
山手の病院に三カ月
海沿いの病院に二ヵ月と移され
移動手段を持たない男は
ふらつく足で自転車をこいで
妻の足をさすってやらんとあかんと
通い続けていたのだ

何か慰めのことばをと思ったけれど
男は妻のはなしをひとしきりして

  今日は彼岸やから
  だんごを作って供えてやらんとあかん

急いで帰っていった






  

ニトログリセリンの手離せない心臓と
朝の薬の後は十分おきのトイレ通いという体で
五島まで納骨に行くと言う
遠いですねというと

  ワシの墓は神戸にあるんやけど
  ワシらには子供がおらん
  家内には戦争で死んだ前の主人の子があって
  五島におるんや
  そっちの墓に入れてやったら
  子や孫が参ってやってくれるやろ

男は無事にかえってきた

  墓が山の上でな

  ワシはよう登らんかった
  最後の別れができんかった 

   

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