◇お断り◇表記できない漢字は別の漢字に置き換え、また、ルビは()で表示しています  

Collection詩集 T        


小西誠
小西誠


















































































詩集 
八月の蛇

小西 誠
土曜美術社出版販売 200910

私の中で「詩とは何か」…取り敢えずは、私にとっての詩とは
今生きている自分自身であり、自分の死生観を言葉に置き
換える作業だと思っています。(あとがきより)



 

 八月の蛇

 石の庭を凝視しながら
 蛇行の姿勢のまま
 固まった蛇
 ことのほか暑かった夏日
 雷神の暗示にかかって固まった
 八月の蛇は
 あの閃光を浴びたわけではないのに
 石の影まで行き着けず
 化石のように
 固まったのであろうか

 何よりも
 蛇が嫌いだという妻が
 悲鳴を上げたときも
 蛇はしっかりと
 石の影を見つめていた
 アオダイショウというには
 まだ幼いが
 この星への怨念を含んだ
 眼光だけは
 赤く燃えていた





  点を探る

   二マスあけて三マス目から
   「メ」 を打ってみましょう

 もうすぐ目がみえなくなる
 と いう少女が
 片方の目の一点だけで
 限られた視野を 探る

 網膜色素変性症で
 やがて光が奪われる少女が
 点筆で 点を探る
 定規のマス目の@からEまでの*
 点を探り 打つ

 点字盤の限られたマスの中で
 一つ一つの点を組み合わせ
 六つの点を集めると 「メ」

   そう それが 「メ」です
   肩 凝ったでしょう

 やがて見えなくなる
 が
 やがて「メ」 が打てるようになる
 やがて「目」が読めるようになる


   
 *「6字点字」は横2列縦3列の6点を組み合わせてカナ一字を構成する。

    
 例えば@の点は「あ」、@Aは「い」、@からEの6点は「め」である。





  隻腕の人
         ――はじめての北京で――

 初めての日中友好の旅であった
 北京は成長のさなか
 交通渋滞で約束の時間はとっくに過ぎて
 市内の高齢者大学での交流会も一時間遅れ
 それでも嫌な顔せず「ニーハオ」「ニーハオ」
 甲骨文字の体験学習が始まった
 「空いている席に座ってください」
 一脚二人の机の片方が空けてある
 ぼく達は順番に一列から席を埋めていったのだが
 皆が席に着いたとき 気付いた
 途中の席がひとつ跳んで空いている

 それは自然なことだったのだろうか
 片側が空いた席には右腕のない男性が座っていた
 ぼく達は悪いことをしてしまったのであろうか
 そういえばぼくもその列に差しかかったとき
 一瞬躊躇し 何食わぬ顔で
 その席を通り過ぎたのではなかったか
 誰も何も言わず 熱気の中
 甲骨文字の始祖であり
 芸術的にも価値が高いとの講義を受けた
 最後に習ったばかりの甲骨文字で
 「中日友好」と書いて互いに署名し交換した

 一枚の記念の短冊を渡そうとしても
 渡す相手のなかった隻腕の人は終始笑顔であったが
 渡す相手のいなかった虚しさは何であったのか
 片手を挙げて「サヨナラ」と言って 別れた
 その時 ぼくの中で何かが崩れていた
 非情とはいえないが思いやりがあるとはいえない人間の性
 どうして あの時 あの人の 一本の腕を
 ぼくの両腕が握る勇気がなかったのか

 ぼくと同じ世代の その人が
 どうして 隻腕になったのか


         
◇「ニーハオ」 原文は漢字表記にルビ

  

 index