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Collection詩集 T         



秋津久仁子
秋津久仁子


















































































詩集 
オルガンの一夜

秋津久仁子
書肆山田 1989年8月

かつて みまかった手が
永遠に生きる手が
今夜
いっせいにオルガンを弾いています  (「オルガンの一夜」より)



 

  庭園 T

 
あなたの欲しいものは顎の小さな頭蓋
 刺繍花壇にそって
 まっすぐに行けばテラスに着く
 いつか花崗岩のテーブルに
 私の頭は置かれ
 あなたが顎の線をなぞるでしょう
 くりかえし
 くりかえし
 いま 背中に触れている掌で

 高い叫びを
 撃って落とす夕暮れ
 もまた この庭の外のこと
 ここには
 影のない貝砂の道と
 幾何学模様に刈りとられた木々と
 あなたと
 私しかいないのです

 ここで何度も
 無抵抗なものを絞めました
 鶫のような柔らかいものを
 嬉しくて力を強めながら
 私は色覚を失っていました
 体の中を流れる血の
 指先を通ってゆくのが
 恐ろしいほどわかる
 ここではわかるのです
 影のない貝砂の道と
 幾何学模様に刈りとられた木々としかない庭で
 あなたの愛撫したいのは
 私ではなくて ただ
 顎の小さな頭蓋
 私の望むのは ただ
 生きもののくったりした感触
 私たちは
 部屋を暖め
 互いの誕生日にはカードを交わしながら
 しばしば
 刺繍花壇の隅で立っているのです
 柔らかなものを絞めるために
 柔らかな細い首を絞めるために





  庭園 V

 
水盤に落ちる水音が僕を眠らせない
 月光にうつし出される妹の立ち姿が僕を眠らせない
 噴水
 庭の中央に配され
 たったひとつ冷えてゆくもの

 白昼 もう水しぶきの虹を見ず
 濡れた掌で子犬を追わずに
 パラソルをさしたきみは探していた
 遊ぶことを許されていた
 この主庭園以外の
 いくつもの森
 小径 洞窟(グロッタ)
 それらにやがて満ちる夕闇を
 そして夜 きみは水面に腕を浸し
 月の光のきみの髪に銀に散って
 オルゴールの一音一音がこぼれるように水は揺れる

 僕たちは噴水がほしいだけだった
 父の長い指にはめられた水晶や
 ガラスのサカナ
 笑い声やはやい心音も
 みんなみんな水底に沈めて
 透ける夏の午後をのぞきこむ
 それだけでよかったのに

 さようなら
 すでに日暮れの色濃さを灯した妹
 指先の雫は
 貝砂にしみ
 きっときみはまっすぐに
 僕たちの水辺から遠ざかってゆく

   

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