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         Collection詩集 T



中村文昭
中村文昭


















































































詩集 
オルフェの女 蛍、海と空の帚木

中村文昭
えこし会 20093

一定の場所に特定の個人がよびだされることが召喚の一般的な
意義だが、詩作者にとってはその場所がどこか定かでないし、
その特定の個人がわたしであるかどうかも定かではない…。
 (召喚・あとがきより)

 

 眠り猫――in the dream――

 ひとひらの
 しろい螢
 灰色の夜の中であそび
 岬の
 くろい水平線と
 天の川の乳の糸ひきよせ
 死の内臓を
 あかるくしていく…





  非神話――
ハハキギ――

                 …昔昔、樹には川の暮らしの大切な物語が息づいていた。

                ある時、東方に海を抱いた樹樹の豊かな大地が、地底から
                の強い力で鐘状の天へと上昇した。やがてその限りなき力の
                上昇はピークに達し、西方に大地溝帯が広く広くひろがった。

                …見上げれば雲一つ渡れない山と青空。川と樹樹はことごと
                く失われ、弱肉強食のケモノたちの草原が生まれた。

                 起源の大陸、気がとおくなるほどの昔昔…。ヒト誕生以前
                のとおいとおい――「重力の夜」の記憶である…。


 
帚木
 それは海を抱いて海の中で生まれた
 
帚木
 それは空を愛し空へと昇っていった
 
帚木
 それはやがて大地に立って見えなくなった
 海の
帚木…
 空の帚木…
 とおくで見えて ちかづくと消える
 海も空もY線の もの狂いの面影
――
 
帚木
 かつてもいまもこれからもなく…
 かつてもいまもこれからもある…





  料理女――
灰色の館から海へ

 「抒情」の起源を死守した
 灰色の館
 茸小屋のように朽ちている――
 今はたれもいず
 今はたれをも受け入れる
 内に入っていった料理女――夕暮れの
 坂道で館ともどもころげ落ちていって
 灰色の水母の海に浮かんでて

 まるで幽霊船
 霧がたちこめ渦巻く風の手の中
 少女を海に送った料理女は
 波間の揺り椅子から腰を上げ 股間に
をはさんで
 涙と血のほこり 掃いていく 掃いている

 サッフォの
 抒情の波が
 料理女の心でゆるやかにうねり
 波と波が黒髪のように巻き上がる

 「起源」の声はカラダをうるおし
 霧? 雪? 血? いや蝶の死骸が燃えて
 キラキラ サラサラ螢火をともし
 灰色の海の上と空
 料理女は 掃いている
 光? 夢? いやバッカスの
 のんだくれの貴婦人が波間に置きわすれた酒瓶の
 砕けた硝子? サラサラ
 キラキラ 螢の群れ?
 料理女は掃いていく 掃いている


  

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