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     Collection詩集 Ⅰ


玉井洋子


















































































詩集 
(つちふ)

玉井洋子
澪標 2017年8

かぼちゃがそこにある それが幸せ 末枯れ
た蔓も 黄色く熟れたきゅうりも 石ころも
電信柱も そこにあるもの すべてよかった

  (「かぼちゃが、ね」より)





  風化

アスファルトに
お椀が
ひとつ

降ってきて
濡れてきて
何日もそのままに
霰うけ
砂埃あび

未明
巨竜が卵を生んだ

地面から建物がそっくり剥ぎ取られ
ガレキとともにひとも消えた
ダンプが道々落としていった
遺失物

もう誰の
掌に載ることもなくなった

木の器
天にむかって
ひらかれる


アベリアの根方に
色さびてゆく
それはまだ
椀と呼んであげられる
ほどの
風化





  ハナミズキ

ゆめいろ
ひらひら
あちらと
こちら
ふるえる
しろ
くれなゐ

蕚のうえで
いっしんに
そらの
落下を
受け止めている

花芯は
なぜ
みどりなの
なぜ
泣いてはいけないの

あのかなしみにとどけ
連続する
赤信号
消される
その手前で

カーブに
消される
その手前で
けんめいに
手をふっている
きみに


泣いたっていいんだからね
泣いたっていいんだからね





  姉さんがノーベル賞をもらったというので走る

ベッドにむらさきの花咲かせ
ひとり舞台に立つ
姉さんが
ノーベル賞をもらったというので走る
花柄のシーツを巻いて
授賞式に行くのだという
たった一歩で着くオスロ

ネームプレートの
ない部屋の
あけはなたれた扉から
いち早く
私の幼名を呼んでくれた
あなたが
自分の名を聞き返す

みがかれたフロアに溢れ出す

海が
空を
抱くように
河は
小川をのみながら
矩形の部屋を出る

あふれる
みずの
総量を
はかりかね
いのち走る
ひと走る

姉さんがノーベル賞をもらったというので走る

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