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Collection詩集 T         



川田あひる
川田あひる


















































































詩集 
馬になる

川田あひる
彼方社 19983

わたしはさらに迂路を行きながら
意識の鎖を引きずる 犬を
あおん
ああおん
呼んでいる  (「あおん ああおん」より)



 

  熟睡

 
ベッドに投げだした両ひざの
 化膿した傷を
 オキシフルをふくませた脱脂綿で拭う

 雨が降っていた
 路面電車の窓ガラスのむこうが真っ暗で
 見つめるほどに
 わたしが
 走っていた
 到着した電車から降りようとして
 気づかず引きずっていたレインコートのベルトを
 踏み
 転倒した
 車掌の声に
 とっさに立ち上がり
 大丈夫ですと
 電車が行ってしまうまで 見送った
 傘も差さず
 街灯の光に
 破れたストッキングから露出した
 わたしの
 内部世界

 掛け布団をひっかぶって
 眠りこむ意識の隅で
 かっきり枠どった無意識が
 冴えて
 瞠ひらく
 熟睡。
 膿んで
 芽吹く
 新鮮な
 赤い
 肉。





  ガシラ

 
夕餉の時刻が近づく
 ステンレス流し台の中で
 目を剥いたガシラを
 見ているようないないような 半眼で
 鱗を
 包丁の背で ザリ ザリ
 逆剃る
 やられてるやってる わたしが
 そそけだち
 半眼の意識は
 蛍光灯に照らされた右腕をはなれて
 ガシラに
 寄り添ってゆく
 鉤の指腹が掻き出した 臓腑と鮮血とわたしが
 流水に渦を巻いて
 リズミカルに
 配水管に 吸われる
 暗い隧道くぐり抜けたそのむこうに
 碧く
 しょっぱい
 ふるさとが
 複眼を瞠ひらいて
 広がっている
 およぐわたしの全裸は光にあふれ
 撥ねあがって
 のけ反った喉に さらさらと
 さらさらと 半透明の白い鱗がおちてきて
 刺さる
 無数の痛点が
 痺れてゆく

 はっとする隣家のカレーのにおい
 せまる夕餉の刻
 ガシラの横っ面が
 直角に
 飛ぶ





  馬になる

 
夜明け前の 入浴
 ボディブラシで
 汚れ塞がった毛穴を
 丹念にこすり
 この皮膚一枚 剥ぐほど
 洗う
 ざあーっと
 熱い湯を
 流した

 さらりとした バスマットの上で
 真っ先に履く
 万病を絶つ
 絹の五本指ソックス
 あたたかい足指一本、一本
 差し入れる
 指のあいだが開き
 絹の感触が
 アキレス腱に 力を呼ぶ
 引き締まる足首
 直立する
 ひざっこぞうに
 ひんやりした空気があたり
 太ももの隙間に すべりこんだ

 もう わたしは 馬
 頑丈な蹄をもった 馬

 さあ どこへ行こう
 どこへでも 行ける

 裸馬は自由闊達
 三日月光る静寂を 駈けまわる

  

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