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   Collection詩集 Ⅰ      


岬多可子
岬多可子










































































詩集 
静かに、毀れている庭

岬多可子
書肆山田 2011年7月
第4回小野市詩歌文学賞

 てくらがり という
 いつも熱っぽく湿った薄闇のなか
 わたくしが おこなっているのは わたくし
  (『領分』より)




  絵葉書

明るいオレンジ色の布に覆われたような春
果樹の花が咲き
動物たちが 大きいのも小さいのも
草を食べるたびに しずかにうつむいたまま
ゆるやかに斜面をのぼりおりしている

家の窓は開いていて 室内の小さな木の引き出しには
古い切手と糸が残っている
みな霞がかかったような色をしている

冷たくも熱くもないお茶が
背の高いポットに淹れられて
それが一日の自我の分量

遠くからとつぜん 力のようなものが来て
その風景に含まれているひとは
みんな一瞬のうちに連れて行かれることになる

以前 隣家の少女を気に入らなかったこと
袋からはみ出た病気の鳥の足がいつまでも動いていたこと を
女は思う

春のなか
絵葉書は四辺から中央部に向かって焼け焦げていく





  草地の跡のうえ

琺瑯工場で働く男が死んで 以後
その妻は 干した敷布を二度と取り込まない
風に すべて ちぎれてまぎれてしまうまで
そして その家の跡地もやがて 草

笹のまだ開かずに巻かれたままの 細い若葉で
編まれたちいさな草履
植木鉢に 伏せて並べられた 卵の殻
そんなものばかりが残っている

できることも わかることも なにもない
いちばんちいさな声で語る ひとの 声を
いちばんすくない言葉で語る ひとの 言葉を
聴こうと 思う

人形用の ちいさな食器も
みな ぽってりとした琺瑯でできていて
草地の跡のうえに
そんなものばかりが残っている





  箱の虫

女子生徒たちに観察させるための
幼虫五十体を持ち運ぶ
週を越すため
膝に抱え 電車に乗り 持ち帰る

さわさわと 暗い箱のなかで
葉を噛み砕いて
ぽとぽとと 体の末端から
糞を落としている

くるしいだろう
かさなったり よじれたり しているのを
蓋で抑えこみ
骨を抱くほどの姿勢で 座席に沈む

鳴かないから よいようなものの
どのひとも
どのひとも 見えないようにして
何を運んでいるのか

紙箱をふるわせる蠕動に
じっと 気持ちを注いでいると
うまくいくとか いかないとか なにもかも
それでいい という気がしてくる


   

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