
詩集 ある街の観察
浜田 優
思潮社 2006年8月
第17回歴程新鋭賞
見えるもの・見えないものを慎重に選択し、その選別に
よって現実の街をイメージの迷路へ、あるいは時間の
廃墟へと変貌させてゆく。(帯文より)
(河川敷 AM6:32)
土手はやがて
河川敷の草むらに下りる
向こう岸はもう街だ
金網の手前に
杭で打たれた看板が立っている
「これから市街地に入る方へ――
用件が何であれ
あなたがどこへも行きつけず
入ったところから出てきたとしても
市はいっさい関与しません
あなたがそこで費やす時間を
市はいっさい保障しません
あなたにはまえに会ったことがあります
あなたはつぎもまた忘れるでしょう
なお、迷子ならお引き取りください」
(中庭 AM8:20)
始業時間がきた
少年は今日も登校しない
郊外のショッピング・モールの中庭へ行き
ガラス張りの空中廊下の真下から
通りすぎる足の数を数えている
数えるのに飽きると
フェンスの下の植え込みに盛られた土をまぜかえす
きのう燃やした木ぎれが、雨に濡れ光っている
もう一度燃やしてみる
煙は出ないかわりに、だんだん大きくなり
少年の掌からはみ出すほどになる
さらに、ぜんまいの茎ほどにやわらかくなり
先っぽを指でつまんだようなくびれができる
黒焦げの木肌にいくつか、米粒ほどの汗が浮かぶ
気味がわるくなった少年は
木ぎれを放り出し、運河のほうへ走りだす
(路上 PM5:20)
路上に転がった
白いズック
片方だけ脱げたのか、
なかからこぼれた水が
路上にうすくのばされて
どこに行ったのか、
おさない足は
むしろ
生まれてこなかった足の
白いズック
街灯の下を行きすぎる
靴底のぬくもり
やがて街に
雪と黴が降りはじめ
消えかかったイニシャルが
かすかにあかるむ
白いズック
(高速出口PM11:47)
深夜の高速インターから
タイヤを鳴らし、ループを一回転して地上に降りる、
息がとまるような浮遊感
これはきっと、潜水艦が一気に水面へ浮上するときの、
あるいは、宇宙船が見知らぬ星に不時着するときの、
乗組員たちの孤独な恍惚に似ている
遊行していた魂が、呼吸二つぶん遅れて
停まっている体にいま追いついた
でも、信号に近いビルの非常階段では
追いつけなかった魂が、むしろ昇っていく
一瞬目が合った気がして、はっとする
魂は横顔しか見せないから、
きっとあれとはべつの視線が
もっと上からこっちを見ている
信号が青に変った
魂はももうすぐ、橋梁の上をただよう、
テールランプの高さへ浮上する
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