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Collection詩集 T       


浜田優
浜田優


















































































詩集 
ある街の観察

浜田 優
思潮社 20068
17回歴程新鋭賞

見えるもの・見えないものを慎重に選択し、その選別に
よって現実の街をイメージの迷路へ、あるいは時間の
廃墟へと変貌させてゆく。(帯文より)



 

 

 (河川敷 AM632

土手はやがて
河川敷の草むらに下りる
向こう岸はもう街だ
金網の手前に
杭で打たれた看板が立っている
「これから市街地に入る方へ
――
用件が何であれ
あなたがどこへも行きつけず
入ったところから出てきたとしても
市はいっさい関与しません
あなたがそこで費やす時間を
市はいっさい保障しません
あなたにはまえに会ったことがあります
あなたはつぎもまた忘れるでしょう
なお、迷子ならお引き取りください」





 (中庭 AM820

始業時間がきた
少年は今日も登校しない
郊外のショッピング・モールの中庭へ行き
ガラス張りの空中廊下の真下から
通りすぎる足の数を数えている
数えるのに飽きると
フェンスの下の植え込みに盛られた土をまぜかえす
きのう燃やした木ぎれが、雨に濡れ光っている
もう一度燃やしてみる
煙は出ないかわりに、だんだん大きくなり
少年の掌からはみ出すほどになる
さらに、ぜんまいの茎ほどにやわらかくなり
先っぽを指でつまんだようなくびれができる
黒焦げの木肌にいくつか、米粒ほどの汗が浮かぶ
気味がわるくなった少年は
木ぎれを放り出し、運河のほうへ走りだす





 (路上 PM520

路上に転がった
白いズック
片方だけ脱げたのか、
なかからこぼれた水が
路上にうすくのばされて

どこに行ったのか、
おさない足は
むしろ
生まれてこなかった足の
白いズック

街灯の下を行きすぎる
靴底のぬくもり

やがて街に
雪と黴が降りはじめ
消えかかったイニシャルが
かすかにあかるむ
白いズック





 (高速出口PM1147

深夜の高速インターから
タイヤを鳴らし、ループを一回転して地上に降りる、
息がとまるような浮遊感
これはきっと、潜水艦が一気に水面へ浮上するときの、
あるいは、宇宙船が見知らぬ星に不時着するときの、
乗組員たちの孤独な恍惚に似ている
遊行していた魂が、呼吸二つぶん遅れて
停まっている体にいま追いついた
でも、信号に近いビルの非常階段では
追いつけなかった魂が、むしろ昇っていく
一瞬目が合った気がして、はっとする
魂は横顔しか見せないから、
きっとあれとはべつの視線が
もっと上からこっちを見ている
信号が青に変った
魂はももうすぐ、橋梁の上をただよう、
テールランプの高さへ浮上する

  

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