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      Collection詩集 Ⅰ  


森田美千代裕子


















































































詩集 
寒風(かぜ)の中の合図(シグナル)

森田美千代
澪標 20165
 

 
青い空にヘリコプター
そこから 本当のことが見えますか
  (「呼びかけても」より





  灰汁を抜く

手もとのたまねぎ
すうーすうーと刻む
牛蒡の皮をそぎ
水にひたし灰汁を抜く
ほうれん草 茹で水 ひたひたと
涙にぬらし
うその笑いでふきこぼす
戦火をくぐる
夫を 待つ
ほろ苦さ

サクサクと乾いた 地面は春の息づかい
地中からの
こごみ 蕗 わらび
小さなコブシたち

山菜の重さの叫び
じっと動かずに
灰汁を抜きながら
天を仰ぐ

置き去りにされた 土の匂いは
いつも無口だった





  白い月

通りすぎた息づかい
静かに暮れてゆく 薄墨色の稜線
真綿に包まれた 粉雪に
移ろう季節
ありのまま
つづった土の闇の中
風景を引き受ける

文明のあわただしさは
村々を
人々を
置き忘れた姿で映す

爺さんのじいさんが開墾した
地に中の鼓動が ひたひたと近づく
世のざわめきが 電流になって襲いかかる
風の裂け目
―これからは 外国との 競争だそうな
―若者は 皆 町に希望があると
―オレの代で おわりだよ
風の唸り 震わすたび 沁み透る
白い月は ひとり 淡く
覚めていく





  
寒風(かぜ)の中の合図(シグナル)

木枯らしに揺れる
残された柿の実一つ
ふとした瞬間にみせる憂いは
点滅しないにび色の
光の弱さをまとって

闇の中で 喘ぎと震えが
夜空を飛行する
ささやきは やわらかいつゆ草
句読点がはっきりしない

背を丸めて 寒風
土は じっと待つ
あと もう少し

ちろちろ ちろちろと
土手の雪がすべり落ち
小川の緑濃いセリがおどりだす
目覚めの声が
記憶の奥できこえてくる
百花に先駆けた
春の使いを連れて
青い空が
幕開けのやわやかな合図
白い花が咲いた
光の春を いっぱいつめて
ぽっ
ぽっ

   

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