
詩集 たかくおよぐや
廿楽順治
思潮社 2007年10月
にほんごが徘徊する。
にほんごが泥酔する。
にほんごが管を巻く。(帯文より)
肴町
ここでは
なにを売ってもさかなになってしまう
ぜつぼう なんて
ひさしく聞いたことはなかったが
このさかなの目
だってそのひとつかもしれない
くさくて
にんげんなんかにゃ
そのにおいはとても出せない
そういうさかなになってしまえば
ぜつぼう
も おかずのひとつである
死んじゃいけないよ
語るやつらの権利にうんざりする
さかなまち
なんだからね
むざんにかわってしまった
(もとはとてもだいじなもの)
それを
籠ごとこうかんする
くさいねえ
わたしたちのまちは
どうしていつまでたっても
水の音がしないのだろう
かなしいものは束で売るほかないのだ
無呼吸。
<川>
水がなんだか澄んできた。上流をにらみつけていると、ひら
べったい年寄りばかりがながれてくるのである。じぶんの水
のなかで語るやつら。くさってしまっていてよくわからない
が、わらっているんだろう。こんな水、のんだら死ぬな。
次々と流れてくる顔は、どれもドッジボールみたいで、とき
どきくるっと回るのである。けっさくなやつらだ。ゆっくり
と水に入って、いちまいいちまい、わたしもじぶんの皮をは
がしてみる。水がなんだか今以上に澄んできたみたいだった。
<夕日>
どんぐり砦の興亡をながめていた。どうでもいい戦争。とい
うものはありませんが、どうも参加する気がおきませんので
す。あんたそういう了見はいけねえな、という若い衆に囲ま
れて、いえそういう意味ではありませんよ。あわてて言うが、
それはうそなのである。近所の僧兵がみんなあつまって、中
唐のころおぼえた変身術をきそっている。なににもなれやし
ねえよ。ためしに石ぐらい投げつけてみるか。腹がぶるぶる
してきた。わたしは戦争が好きなのかもしれない。戦うのな
ら、高地がいいな。それにしても、ずいぶん長い影ですな。
そいつはおやじさん、あんたの方さ、と言われて後を見た。
もう戦後だ。細く伸びた溝のような一本が、尻から夕日にむ
かってぞろぞろ伸びている。え、うそだろ。
<犬>
街道のかたがわでは犬が、何匹もいなくなっていた。悲しい
のだろう。関係ないひとまでがかたよって集まっていた。街
道がそちらの方へ、みしみし傾いている。そりゃそうだよ。
わたしはこわくなって反対側を歩いてしまう。何匹もいなく
なったからといって、みんなそっちに固まるのはどうだろう。
世間が犬で傾くのはよくない。もりあがってますなあ。区役
所の人がなんだろうと、視察にやってきていた。あんまり悲
しいので補助金が出るのかもしれない。ほんとうに犬なんで
すかね。どっかの小僧さんかなんかじゃないの。うたがう区
役所の係長には死相が出ていた。集まったものたちはくやしく
て、死ぬぞ死ぬぞ、とみんなで音頭をとっていた。
―「無呼吸。」連作より一部を掲載―
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