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 Collection詩集 T        



滝悦子
滝悦子


















































































詩集 
薔薇の耳のラバ

滝 悦子
まろうど社 200812

いま、詩があることが嬉しい。
これからもありますように。

   


   二十二番目の橋

夜、窓の向こうを男が走り
走る男の後ろを私も走る
(影は踏まないように)
墓地を抜け
採石場を通り過ぎ
月の下を走ってゆく
水車小屋
廃屋の中で成長する夜と
はりめぐらされた蜘蛛の巣の奥
混じりあった夢の深いところで
冬がはじまり
ものごとは唐突に決着するだろう
水車が回る
森が押し寄せる
土手をよじ登り滑り降り
走る男を追って私も走ってゆく
(あれがそうだね)
二十二番目の橋
跳ね上がったまま閉じない橋のたもとで
枇杷が枯れ
だれかが詫び

夜通し水車は回るだろう
朽ちた川舟をよけ
砂利をはじいて男が走り
私は廃屋の裏で
見失う
風が変わる
蜘蛛の巣が揺れる
橋の上で男が
帽子をとる
  生前ノ御芳情ヲ厚クオ礼申シ上ゲマス


           
*児玉武雄回文集『つと惹きあう秋ひとつ』より




   「共有」

坂を登りつめると
運河があった

面会謝絶
高い所にあるのに くっきり読めて
ポプラが成長するのはこういうことだと
Aの手紙を思い出す
(だれ?)
彼らの視線にさらされながら
眠っているAの
固く握り締められた指を
こじ開けるが
どうしても薬指が開かない

彼らのテーブルで
皿が配られる音
指を揃える音
箸置がずれる、と
いっせいに立ち上がる 
高い天井の蛍光灯が切れていて
梯子を上りかけると
Aの喉元から赤い傷痕が見える 
泣くやつがあるか
髪を撫でられるたびに
Aの指が確実に磨り減ってゆくのがわかる

きょうも優しい言葉をかけられなかったが
汽車は着いて
行先は裏返された
運河に沿って旗が並んでいるよ
もうじき選挙がはじまるね
雲の名前を思い出せなくて
はじめから知らなかったかもしれない、と
Aに打ち明ける
(なぜ?)
声もなく問うのは決まって彼らだ

テーブルを囲んで
彼らはそれぞれの線を引く
乗り継いだ駅はどのあたりか
近づけば
いっせいに手袋を投げ捨てる
窓にちらつくポプラの葉影
運河の水を掻き分けて
一台の車がやってくる
あんなに浅いのに
汽車が向こうにいるのはどういうことだろう

Aは眠っている
Aが眠っている




   TRIP W

霧は
裸の落葉樹から生まれていて

続いているような 行き止まりのような中を
歩きながら
私は方角を知っているのだと思う
樹皮を抜けてもどってきた霧が
再び水流となるところ
ロプノールのほとり
埴輪の感触を持つ私と
記憶回路からあふれた私が合流するところ

進むほどに聞こえる連続音は
今日が終わり明日が始まる合図ではなく
どこかで防御システムが作動し始めたのでもなく
水が昇ってゆく音だ
だから、さよなら
ゴドーさん
私は待ちきれずにこのまま行くよ

霧ふかい脊椎の階層をめぐりめぐって降り立てば
クレルモンフェランの石の門に出る
閉じてゆく円環の
微動のようなところに触れながら
古い約束は継続されるのか
どこの、どのような私にリンクするのか
いつだって愉しみは多いほうがいいのだと思う

湿度が高いような
それも悪くはないような気分のまま
霧にまぎれて
その門をくぐる




   途中で 2

風の音で目覚めて
狂ったような街路樹を抜けると
船は出ていた

時刻表を見上げたり
ベンチに座ってみたり
暖かい待合室をひと回りして
艫綱を受け取る人の少し後ろで待つことにした

北緯四十五度

抱えた鉄柱がしなり
すっぽり被ったフードの中で髪が湿る

やがて
ドサリと綱が投げ下ろされ素早く巻き取られ
鉄柱にしがみついている私の横を
小型トラックがすり抜ける

東桟橋にも船が入るから
からっぽの駐車場を後ろ向きに横切って
声をあげて鉄柱に抱きつくと ドサリ 

その向こう
ポスターにはない風景をさっきの船がゆく

乗り遅れても
次の便でも
乗る必要もないまま
艫綱に足をかけた人の濡れた長靴を見ながら

さて、どちらへ行かう風がふく
                
山頭火


  

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