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 Collection詩集 T        



滝悦子
滝悦子


















































































詩集 
薔薇の耳のラバ

滝 悦子
まろうど社 200812

いま、詩があることが嬉しい。
これからもありますように。

   

  遠く近く

踏み切りの向こうは 海


夏の どこかの 単線の 列車が通過したのは 二時間前

ポスターのようなまぶしさ の そんな海辺にMがいた
こどもを両腕に抱きしめ おなじ笑顔で
(私にもこんなときがあった)Mは猫背をもっと丸めて
財布に写真をしまう いったいどのあたりから昔話になったのか
片づけが終わった店のカウンターに並び 煙草に火をつけ
それから まっすぐに私を見て(ここはあんたの居る場所じゃない)

平積みにされた『青春18きっぷ』を
だれかの肩越しに見ている と 遠く近く 警報機が鳴る

緑の たぶん 麦畑の 半島の外周を一両きりで走って行った
(なんとか落ち着きました)短い手紙をよこしたFは
すでに故郷
(まち)を出ていたし私は写真も失くしていたが 
そこが終着であること 向こうに海があること 砂まじりの風の中で
傷をかばうようにしゃがんで髪を押さえ 目を細めていたF
の 海 

いつかどこかの風景は そのままにして 
ここですれ違う片方の電車に乗り 終点まで 
いまは 最寄り駅です




   密猟

いま
埠頭を離れる貨物船

見送っているのは
夜更けに目覚めた人で

空になったコップと
握り潰された煙草の箱

着信を告げる点滅

くぐもった汽笛に混じって
ピシリ
乾いた唇が切れる

テーブルの下で
薔薇の実がはじけ

積み込まれたコンテナの中では
ラバの塑像もひび割れるだろう

見つめているのは
夜更けに目覚めた人で

脱ぎ捨てた上着と
残っただけのダーツの矢

壁に一枚きりの銅版画

寝返りをうてば
ピシリ
右の耳が欠ける

薔薇の実からこぼれた
ことばを集めては

背中に向かって
コンテナの夜を打ち明ける

聴いているのは
夜更けに目覚めた人で

滑り落ちる新聞と
投げ出されたままの小包
(EMS)

再び汽笛が鳴って
すべてのロックがおりて
椅子がひかれ

コップに水が満たされる




   二十二番目の橋

夜、窓の向こうを男が走り
走る男の後ろを私も走る
(影は踏まないように)
墓地を抜け
採石場を通り過ぎ
月の下を走ってゆく
水車小屋
廃屋の中で成長する夜と
はりめぐらされた蜘蛛の巣の奥
混じりあった夢の深いところで
冬がはじまり
ものごとは唐突に決着するだろう
水車が回る
森が押し寄せる
土手をよじ登り滑り降り
走る男を追って私も走ってゆく
(あれがそうだね)
二十二番目の橋
跳ね上がったまま閉じない橋のたもとで
枇杷が枯れ
だれかが詫び

夜通し水車は回るだろう
朽ちた川舟をよけ
砂利をはじいて男が走り
私は廃屋の裏で
見失う
風が変わる
蜘蛛の巣が揺れる
橋の上で男が
帽子をとる
  生前ノ御芳情ヲ厚クオ礼申シ上ゲマス


           
*児玉武雄回文集『つと惹きあう秋ひとつ』より




   鳥

その揺れを聞きながら
歯みがきをしている

水銀灯を横切って行く影と
通りすぎたところから舞いあがる
夜の鳥

駐車場の出口から

影はどっちへ向かったのだろう
長雨のあとも水位は上がり
急速に成長する林
(ナマアタタカイカゼニフカレテ)
切り倒されたアカシアのかたわらで
影は足を止めるだろうか
いくつものキーを握りしめるだろうか
煙草に火をつけるだろうか

水銀灯に照らされている駐車場を見下ろして
歯みがきをしていると
ふわり

眠れない夜の
もっとも深いところで鳥がはばたき

子午線を越える

  

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