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Collection詩集 T         


高階杞一
高階杞一


















































































詩集 
雲の映る道

高階杞一 
澪標 2008年9月 

リンゴの皮をむくように
地球をてのひらに乗せ
神さまは
くるくるっとむいていく
(「新世界」より)



  

  電球

 忘れ物をした電球が
 犬を連れて帰ってくる
 「何を忘れたか 忘れてしまった」
 ぼうぜんと
 門前でしおれている
 とうぜん 明かりもつかない

 家は暗いまま
 夜へ
 傾いていく
 妻は台所で包丁を研ぎ
 犬は庭で
 走り回っている

 明かりがなくても
 進んでいく時がある





  夏葬

 暑い日はよく人が死ぬ
 祖母は夏の真ん中で
 子供は夏の終わりに
 父はつい昨日のような梅雨に…… 
 鋭角の橋を越え 
 のびきった草をかき分けて
 午後二時
 焼けた石の並ぶ所に立つと
 「久しぶりだなあ」
 死者たちが
 天上からぞろぞろと降りてくる
 わたしたちは手を合わせ
 汗をしたたらせつつ
 短い言葉をかわす 
 「靴がない
  病院に忘れてきた」 と

 新参者の父が言う
 まだ
 こちら側にいるみたいな顔をして





  春の港

 子供を連れて
 丘にのぼる
 丘の上から港が見える
 大きな外国船が行き来する
 「おまえは大きくなったら何になる」

 「ふねになる」
 子供を抱きあげ
 肩に乗せて
 海を見る

 遠くに
 もう終わってしまった江戸が
 かすんで見える

   ばいばーい

 遠ざかっていく船に
 子供は手をふる
 うれしそうに
 何度も
 覚え立ての異国の言葉をくりかえす

   ばいばーい

 その声が
 少しずつ遠くなっていく
 空へ
 わたしの
 まだ小さなふねが消えていく

   

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