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Collection詩集 T         


小野田潮
小野田潮


















































































詩集 
いつの日か鳥の影のように

小野田 潮
私家版 20105

第11回中四国詩人賞

百年前の元旦も
わたしに似た男がこの通りを歩いて
茶褐色の屋根の下に姿を消したはずだ
謎はわたしのなかにある
 (「いつの日か鳥の影のように」より)



  

 旅の途上で

わたしたちは
うしろめたい過去を
消したがる

わたしたちは
みなれた風景を
消したがる

わたしたちは
にんげんを
消したがる

白地図のうえに
境界線を引くまえから
この国のひとびとは
胸の前で両手を合わせて
あいさつをしあっていた

バンコクから車で郊外へ向かう
ちいさな川に沿って
粗末な高床式の住居が並んでいる
まずしいひとびとは
なにひとつ消そうとせず
陽ざしをさけてたむろしている

ゆたかな水
みどりなす田園
貧富をはかる物差しはない
ひとは素手で生まれ
素手で死んでいく

旅の途上で
合掌をまねる





 密集した花片の先端がふるえ

生きものたちの
残骸をのみこんで
生きもののように
再生していく土

抜いても抜いても
生えてくる雑草を
わたしはきょうも抜く
やがて土に還ることの
おそれをなだめながら

たたかうことの欲望を抑えて
立ち続けている
白い花を開いた梨の木の
密集した花片の先端がふるえ

充ち足りて
春の陽が沈み
西空にかかる雲が
ほのかにあかい

一本のくらい樹木
微動だにせず
無心に祈っている影
しずかな具象が
すこしずつゆがんでいく





 手

音の聴こえないシゲナリ君は
日がな一日、木工所のなかで
電動の重い釘打ち機で釘を打つ
みずうみの底の絶対の静寂のなかで
彼は節くれだった手先から
音を聴きとるのだ

わたしはひとと話すとき
そのひとの顔は注視しても
そのひとの手を見ることはなかった
自分の顔は見えないから
わたしは自分の手と親しんできた

わたしは知っている
顔が演技していても
手は正直であることを
うれしいとき手は笑う
腹立たしいとき手は怒る
悲しいとき手も悲しむ

自転車のハンドルを握り
走る風を切る音
軒下に立って
てのひらで受けとめる雨粒の音

節くれだったシゲナリ君の大きな手は
とうめいな沈黙のなかで
わたしの知らない
音を聴いている

   

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