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Collection詩集 T        


村田譲


















































































詩集 
渇く夏

村田 譲
林檎屋 201010

目をとじて
耳をひらく
生命のはじまり
証しを刻むことの めまい
 (「蝉の樹」より)



  

 凍てつく彫像

通りの両側を
等間隔に並ぶ木々が
腕を切り落とされた彫像として
整列している

アスファルトの歩道に
色づき始めた紅葉の衣装が束ねられ
代わりにクレーンで吊り上げられた
枝を切り払う制服姿の男たちで飾られている
ことごとく取り払われる
蒼穹へと向かう迷路は
三叉路にまで削がれて

知らに間に電球を持ち上げてしまうから
それとも突然、帽子のうえに雪だまを落とすからなのか
悪戯ものと思われたなら
樹冠は剥ぎ取られ
幹と根のオブジェに変えられる

いくつもの凍裂の波に洗われてきた
屹立する怒り
雷光の形に振り上げ
胴体から切り捨てられた呻きの切り口が
立ちつくす問いかけとして
寒空にさらされる

抱きしめることのできない
沈黙の拳をかためて





 蝉の仔

… これは何? …
再生ボタンを押したなかに眠っていた
オホーツクからの迫りくる季節の風
生田原で生まれた鳴き声が
一本のビデオテープとなって配達される
ひらいた指先からながれ
夜が深くなるたびにガラス板へと
鮮明に吹きつけられるメッセージ
… 声は、どこに落ちている …

映し出され
暴かれる姿
体育館の特設ステージから降りて
幾百の耳を貫き
そのたびに繰り返すダビング
蝉たちの声が夏に産みつけた
ノイズを孕んだ短い命が
いま大雪山のふもとを一年かけてめぐり来たわたしの手元へ

疑問符が練りあげた
マイクを突きつけるわたしの
わたしたちの輪唱は
どこへ配送されるのか

声になる前の虚ろな響きのままに
幹へしがみつき
吸い上げる樹液で
空っぽな身体を溶かしていく
太陽の求道者
曳き釣り上がり
さなぎは
背中をまっすぐに割る

しろい羽根がかわく頃
樹木という縦糸に
問い詰めるビデオテープの横糸をからめ
編みあげる音符
つらね、つらねて
放ち、はなて


     *生田原(いくたはら)…網走支庁の西部、紋別郡地域。
      2005年に合併し、遠軽町となる。町名の由来はアイヌ語の
      「イクタラ」(笹の意)が転訛したものである。





 海霧(ガス)にゆれる影

広大ななかに 遠く胸をひらくものは
人ではない
海霧に濡れる波のふちに
ときどき立ちどまり それでも空をみあげるものは
風紋の奥に影をのこす
おおきな鳥なのだ

ふるさとから離れた地で
いっさいを背負って、抜く
同じ雑草の根――
腰をかがめ じゃばっ
じゃばっと、稲に一本ごと 手をやるたび
そのたびに雲は
水田のなかを およぐ
半年雪に埋ずもれる地に
なにしにきたのか
問うように
腰をのばし青い風を吸う
刻みこまれた しわの泥は
もう洗いおとすこともできない

まだ津軽海峡が船でしか渡れなかったころ
こいつだけは、と
仏壇を背負うおやじの話をする
じっちゃんの手
海からきて、荒野に水をひいた
おおきくうごめいてやってきた翼は
もう羽根もぬけおちて
ひからびてみえるが
この腕なのだ

話すことをやめてじっちゃんは
とこどき腰をのばして空をみる
鳥たちの 青い空気を あびて

   

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