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       Collection詩集 Ⅰ 


にしもとめぐみ
にしもとめぐみ


















































































詩集 
マリオネットのように雨は

にしもとめぐみ
澪標 2011年11

 四月の魚
 ル・アーブルの港から
 小さな虫眼鏡を持って空へ泳ぎだす
 地図にも載らない小さな街へ
  (「地球のひび割れ」より)


  壊れていく

椅子は
暮らしの中で
主張することもなく
手作りの座布団で飾られ
家族が作業するのを見守る

子どもたちのミルクがこぼれかかったり
脚をタオルで拭いてもらったこともあった

ある時 椅子はたかだかと持ち上げられ
叩きつけられ壊された

椅子の脚は折れてしまった

何年も静かに座り続け
これからも静かに座り続けただろう

寡黙な椅子

椅子は

何度も振り上げられた
叩きつけられ
何度も 何度も蹴り続けられた





  羽田ろみお

一晩 帰らなかった、そういうことがあるかもしれない
二晩 帰らなかった、明日は帰るだろう
三晩 帰らなかった、何かあったのだろうか

男の子だから、帰れない事情もあるのだろう
元気でいるのだろうか
お腹はすいていないか

日にちが過ぎる
四五六、七八
雨の日は、どうしているのだろう
晴れた日は、どこにいるのだろう

耳を澄ましてみる、夜中に君の声がしないか
目をこらしてみる、どこかにひそんでいないか
立ち止まって覗いてみる、川に流されていないか
思わず、行きずりの猫に声をかけてみる

羽田ろみおよ、
ひとなつこくて
白まだらで
ながいしっぽ

羽田ろみおよ、
帰ってこい
帰ってこい
帰ってこい





  春に

塀の中の少年の笑顔を見つけた帰り道、
暗い林をとおりぬけ、バス道を歩き、駅へ繋がる細い道までやってきた。

 さびだらけのトタン小屋の壁に
 黒いボードの黄色文字があった
 「キリストは十字架にかけられて人間の罪を負う」
 その廃墟のような小屋にキリスト者がいるのか
 仕事場の奥でアセチレンが青く光った

 老いたキリストは溶接の仕事をしていた
 道路に面した作業場の手前には 持ち手がふたつ付いた鍋のような
 大きな白い容器が ふたつかさねて置いてあった
 ほかに美しいものがなにひとつ見えないさびだらけの仕事場で
 そのふたつは 誇らしく 白く光っていたのだ

壁にもたせかけられたハシゴは
仕事場と同じように 茶色くさびて
窓ガラスも割れたまま
アセチレンの青い光が うつ向き加減の男の顔を
また浮かび上がらせた

土手に続く細い道を歩くと
堤防には菜の花
菜の花の黄色の中を

モンシロチョウが
になったり になったり になったり


単線を電車が通りすぎた

踏切を渡ると
菜の花のスタンディングオベイションが
波のようにひろがる

   

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