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         Collection詩集 Ⅰ


石川厚志
石川厚志


















































































詩集 
が ないからだ

石川厚志
土曜美術出版販売 201010


何も変わらないね
庭のスピッツが吠えてるだけだよ
庭のスピッツが吠えなくなっただけだよ
縁側に三毛猫が寝ているだけだよ
縁側の三毛猫はもう起きてこないだけだよ

 (「土弄(いじ)り」より)



  

  が ないからだ

私が何でそれを見られないのかといえば
麒麟
(きりん)の首がないからだ
私が何でそれを頂けないのかといえば
かめれおんのべろもないからだ
私が何でそれを聴くことができないのかといえば
兎の耳もないからだ

私が何でそれを嗅ぎ分けられないのかといえば
犬の鼻先がないからだ
私が何でそれを摑み取れないのかといえば
ちんぱんじいの手もないからだ
私が何でそれを踏み潰すことができないのかといえば
象の足とてないからだ

私が何でそれを奏でられないのかといえば
蟋蟀
こおろぎ)の翅がないからだ
私が何でそれを歌いきれないのかといえば
不如帰
(ほととぎす)の声もないからだ
私が何でそれを見せることができないのかといえば
蛍のお尻もないからだ

私が何でそれで喉を潤せないのかといえば
骨杯
(コップ)の底がないからだ
私が何でそれで体を暖められないのかといえば
薬缶
(やかん)の取っ手もないからだ
私が何でそれで腹を満たすことができないのかといえば
ふぉくの先もないからだ

私が何でそれを吸いこめないのかといえば
空気孔がないからだ
私が何でそれを捨てられないのかといえば
排水管がないからだ
私が何でそれを巡らせることができないのかといえば
喞筒
(ポンプ)の圧もないからだ

私が何でそれをに泣けてこないのかといえば
海の果てに潮さえないからだ
私が何でそれに笑っていられないのかといえば

山の向こうに小屋さえないからだ
私が何でそれに顔を上げていられないのかといえば
木の枝に首さえ折れているからだ

私が何でそれを拾えないのかといえば
細波の水が消し去っていってしまうからだ
私が何でそれを落していってしまうのかといえば
(てのひら)の力が抜けて零れていってしまうからだ
私が何でそれに手を浮かせたままでいるのかといえば
太陽や月や星や雲も
空と宇宙と頭上とこの世に
(と)うの昔に私に消えてなくなってしまっているからなのだ

私が何でここにぶら下がっているのかといえば
細胞の成れの果てがここにあるからだ
私が何でここに白骨と化しているのかといえば
かるしうむという物質がここにあるからだ
私が何でここに既にいないのかといえば
柳の枝にただ風が吹いているだけだからだ





  しり突つき

どうそうかいへ 行ったんだ
どうそうせいが 逝ったんだ
からだの病気で 逝ったんだ
むかしから 弱かったんだ
だからみんなに 突つかれたんだ
せんせい方にも 突つかれたんだ
とってもたっぷり みんなに突つかれたんだ
もひとりやっぱり 逝ったんだ
がっこうでてから 逝ったんだ
じぶんでかってに 逝ったんだ
やっぱりみんなに 突つかれたんだ
名前もかってに 突いていたんだ
おんなの子に 怪獣の名前が突いていたんだ
ともかくたくさん みんなに突つかれたんだ

ようけいじょうへ 行ったんだ
子どもを連れて 行ったんだ
さんぽがてらに 逝ったんだ
にしびが小屋に 刺し込んでたんだ
いちわのとりが 柵で囲われてたんだ
おしりのあたりが 無くなってるんだ
きっとみんなに 突つかれたんだ
瞳のちからも 亡くなってるんだ
柵のむこうから なんじゅうわものとりが くちばしを刺し込んでるんだ
きっとのこりのからだのはんぶんも 突ついてみたいんだ
まだまだたくさんたっぷり 突ついてみたいんだ

ようけいじょうを 痕にしたんだ
がっこう痕で 子どもを遊ばせたんだ
山のりょうせんに 陽が欠けて逝ったんだ
こうしゃも血色に 突つまれたんだ
寒くていたい風が 突き刺して要ったんだ
こうていにひめいが 突き抜けて逝ったんだ
お空の突きも はんぶんに欠けてたんだ
おしりのあたりに 寒気がしてきたんだ
気が突くと ぼくのおしりも亡くなってたんだ





  観覧車


丘の上の観覧車の、六時の辺りに君と乗る。
七時、観覧車はまだ三〇度の辺りで、君の顔は少し、強張
(こわば)っているようだね
八時、君はまだ、ハンドバッグの中身など、整理をしている。
九時、やや打ち解けて、君は笑顔を見せて、僕と話をした。
十時、僕は徐々に、君の笑顔が、忘れられなくなってきたよ。
十一時、最早
(もはや)それは、恋人気分だね。
十二時、観覧車は頭上にまで達し、僕は君に打ち明けた……君は断るが。
一時、下りに差しかかり、君は横を向いて、僕は下を向く。
二時、苦しくて、もう一度だけ君に言う……君は耳を傾ける。
三時、君の頬に手を当てて、君の額に接吻
(キス)をする。
四時、君の太腿に顔を埋
(うず)め、降りないで欲しいと嘆願する。
君は、降りる準備を始める。
五時、僕はここから飛び降りる、と脅す。
が、背を向けた君は、出口の取っ手に手をかけた。
六時、摑んだ腕を振り払い、君はそこを降りてゆく。
僕はもう、そこから降りられないよ。
七時、取り残された箱から、君が丘の向こうに去ってゆくのを、遠方に見る。

八時、取り残された箱から、君が丘の向こうにもう見えない。
君は家でもう、スウプをつくってる。
九時、取り残された箱から、仄かに月も蒼白い。
君は家でもう、バスルームに入ってる。
十時、取り残された箱にも、満天の星は広がる。
君は家でもう、ベッドの中で眠っている。
十一時、そういえばもう、木枯しに揺籠は揺れている。
十二時、気がつけばもう、粉雪に石灯籠は覆
(おお)われる。
一時、そういえばもう、僕は鳥籠の中で鳴いている。
二時、気がつけばもう、そこに長い年月が経っている。
三時、そういえばもう、僕の皮膚には皺
(しわ)がある。

四時、明け方近くにやっともう、僕は夢の中。
五時、最期に君の夢を見た。君が観覧車にやっともう、いる夢だ。
六時、係員はドアを開け、そこに白骨と化した僕を見た。
君はもう、そろそろ起きる頃です。

   

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