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Collection詩集 Ⅰ         


北島理恵子
北島理恵子


















































































詩集 
ぬり絵

北島理恵子
版木舎 20155



虹は
架かるのではなく
だから渡っていく
色とりどりの言づてを携えて
消えても消えても

 (「虹より)





   ぬり絵

おとこのこも おんなのこも
すわっていた石段も
乳母車も 水飲み場も
仔馬の乗り物も
そこではすべて 細い線で縁どられていた

ひらがなだけで書かれた
さみしい詩のように
線画のあいだを
ひゅーひゅー
風がさむく吹き抜けていた

背景には 人けのない神社があった
古い木戸があった
廃屋と廃屋の暗がりに
海へ抜ける ひみつの路地があった
どこか なつかしい場所へとつながっている
人ひとり通れる その小路に
みんな手をつなぎ 一列で入っていく
仔馬の乗り物も
水飲み場も
乳母車も 
すわっていた石段も
おとこのこも 
おんなのこも
線で出来た輪郭を 斜めに傾けながら

色を持つことのない
一枚のぬり絵

消えてしまったのに 消えてはいない
もう会えないのに そこにいる
ひょいと 端を引っぱれば

ひと筆書きのように
たやすくほどけてしまいそうな 午後






  水底

闇に似た 暗く淀んだ水のなかに

その日一日
編み 継ぎ足したロープを
いく月もいく年も
根気よく
わたしたちは垂らすだろう

まるで 幻燈のようだ
眼を見開いた犬
落下するサカナ
人形を抱えた少女

どれもが この町のどこかで
すれ違ったことのある顔

水底の
かろうじて流れを止めている
その場所で
あなたたちは
映ったり うすくなったりを
繰り返しているが
微かでもかまわない

この 昨日よりすこし長くなった
ロープの端っこをつかまえて
合図を送ってはくれないか

ふるさとの海のかたわらで
それでも生きつづける と
みんな 言っている





  夜汽車

モケット地の蒼い座席で
少年は こくりこくりと舟をこぎはじめる

かぼそい首が
右に振れ 前に倒れ
しまいに坊主頭は
左隣の少女の肩に預けれる

右袖の小花模様がキュッとすぼまり
少女はくろい毬栗
(いがぐり)
くすぐったそうに見下ろしている
「この子 わたしの肩で寝ちゃったよ」
前の座席の
姉らしき人に小声で話しかけている

トンネルを何本くげったろう
煤のついた窓ガラスに
あかいランプが
とおり過ぎる とおり過ぎる

桟橋 灯台 らくだ岩
海から遠ざかるほど少年は
旅で見た あかるい白日の風景に
すっぽり身を浸していく
名も知らぬ少女の
声の響きに許されながら

耳の縁に残る
やわらかな記憶をたどるように

むかし
少年が座っていた席で
白髪の老人が独りまどろんでいる

   

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