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       Collection詩集 Ⅰ  


釣部与志
釣部与志


















































































詩集 
けもの道 風の辻

釣部与志
書肆山田 2011年10


飼い猫は 遊び飽いたおもちゃを
気の弱いご主人の枕元にそっと置いて
気まぐれに去り寝息を覗っていた
ささやかな暮らしに慣れた男に 贈り物
 (「炎暑のたくらみ」より)


  赤いトンネルをぬけて

枯れた叢生にわけいると
せいたか葦や荻の高さを翳
(かす)めて
秋天に 赤いアーチを架けている
すさまじい数の赤いトンボ

群れることで緊張がまして
すこし冷えた大気が共鳴していた
赤いトンネルが どこまでもつづいて
呻り声が過ぎて行くものに不気味

竿の先にとまった気儘な日日も過ぎ去り
うすい翅にかんじる予兆
ぶつかって失墜することを忌避して
蜻蛉の目玉が 顫動している

ぬるい風の壁は頑迷であった
気合をたかめて ぶつかっていっても
細い藪道を塞ぐのがせいぜい
隊形のまま 思潮の風に押し戻されていた

諍いにくれた熱い季節をのり切って
赤い団塊
(かたまり)は なお群れて騒騒しい
同じ残影を保って飛んでいるのだが
すでに 物語はセピア色をしている

薄翅蜉蝣
(うすばかげろう)を捕食した顎も擦り減り
降りるべき水辺をさがして
細波
(さざなみ)がゆれている水面(みなも)が ためらわれる
昆蟲
(いのち)はつるべおとし 薄暮を汲んで
しばらく 落去
(らっきょ)の時間に漂っていよう





  ひねもすの辺

飢えの怯えに鵯
(ひよ)は往来の雑踏をかすめて
早く点燈した裸電球に ひるむこともなく
果物屋の店先に積まれた林檎に急降下
紅い果皮に 白い口ばし形の穴をあけていった
おっさんの目をかすめて音もなく鋭角に墜ち
一刺しだけで すばやく飛び去る電柱の高さ

秋の落日は早く 黄昏がせまる山かげの川
ひもじい冬を予感させて 白く波立っていた
備荒の知恵のない小鷺は 暗い水面を舞う
つばさを精いっぱいにひろげて合わせる羽尖
川瀬の礫舞台で 細く黒い脚で演武する
速く走りゆっくりとかまえて 独り鏡板の上

水底で鮠
(はや)は 白い羽根の翳(かげ)に怯えていた
秋の清冽に往く白雲に化けている擬態
渡世の知恵が流れ去る水を掻きまぜていた
しきりに水面から突き立てられる鋭い刃
生命のかけひきに 疵つき剥がれ落ちたうろこ
赫い点をつけた雑魚が かろうじて逃げきった

<渡り>を習わない 留鳥の小春日和はあやうい
生の命脈をたもつため鳥肌の下に残す薄い滋養(
あぶら
天のめぐみ地にこぼれ 水鳥の性に<かけり>舞う
和毛を逆立て 夜気をはらんで世の<やすり>に耐え
冷え切った体温をたもって明日をじっと待っている

夜商いにこごえた店主は店頭で片足立ちしていた
店舗の大型化 客を増していく大資本の賑わいを睨み
季節の甘い果実で呼び込めないお客の購買意欲
たらふく食べた思い出が大きい岩をすり抜けていく
咽喉をふくらませて「ま い ど」と叫べば
夜の流れは振りかえらずにしずかにはなれてゆく





  木枯らしのページ

光に集まる蟲をねらって冬の軒下の外燈
うすい蜘蛛の巣が寒風にゆれていた
飛び交う蟲が少なく 絲の細さがはがゆい
秋の終りにからまった浮塵
(うんか)が乾涸(ひから)びて

絲は 渇いてしぶとさを失くしている
ところどころ破れた箇所をつくろえないで
節足が肉ばなれおこして伝うことも儘ならない
寒風にかたまり蜘蛛は凍てることを凌げた

放射状の絲のまん中で企てがこごえて
芽吹きの春に蟲が飛び交うのを待って じっと
過ぎた時空にまどろみ 獲物に絲を吐く幻
世間のせちがらい風にまともにあおられる寒暮

僅かの蕾をさがしてメジロが 素早い椿の藪
人と鴉の縁側に突っ込み 蜘蛛の巣を破った
金網の入った硝子窓に衝突して脳震盪
体をかわし得なかった不覚が溝に落ちていった

軒を借る節足には貰い事故に他ならない
鳥体が大きすぎて からめ獲ることができなかった
もどかしさに誹ることも不得手で
ふがいない絲の疵をそっとながめていた

白いままではいられない暮らしが 綴られ
他人を傷つけた言葉が かしこに散らばって
傷つけられた言葉が腐らずに鬱積している
生きることの蹉跌が紙魚となってのこっている
それでも 次のページをめくってゆこう


   

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