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         Collection詩集 Ⅰ


大橋愛由等
大橋愛由等


















































































詩集 
明るい迷宮

大橋愛由等
書肆風羅堂 2012年1
平成23年度芸術団体半どんの会「現代芸術賞」

…坂の街の迷宮は不思議だ。迷えば坂を上り坂を下ればいい。
…本当は何度かその門の中に入ったことがある。迷宮は快楽だが
塩味の強い苦水
(にがみず)しかない。
 (「迷宮へーあとがきとして」より)



  

  喰らう

他者という餌を求め
部屋から部屋を飛び回わり

家人が 他者をつれてこないか
家人が 他者にならないか を
待ちかまえ
いままで食べた 他者の数は
台所にならべてある
トイレットペエパアの芯と同じ数
他者は気配
他者は含み笑い
いっそ 食べられようと
他者を装い
タシャ・タシャ と 唸ってみせる
この家に来て 食べられなかった他者は
リクガメと スナネズミと イグアナと
綺麗な他者は食べられない
美味しい他者は食べられない
路傍無人な他者は食べなさい
愛・愛・愛と叫ぶ他者は食べなさい
この家に他者は いないのだろうか
二階の居間を流れる川に
他者は流されてしまったのか
天井裏にヒダル神とともに
しりとり遊びをしているのか
その
しりとり遊びはいつ果てるのか




  とどかない

角家から
消えた六月樹は
海峡を超えた風気を
感受していたが
途切れ途切れの
声はたよりなく
午後零時零分に
猫Mが歩かない日
老人Aが歩かない日に
傍受するばかり

老いの街の老いの樹には
聴き方があるのだと
百日紅を手入れする
老人Bは
クチナシの化身らしく
でこぼこ葉状の
ふぁんたすてっくが佳いのだ
と言うのだが
六月樹は
どの老人が引き抜いたのか
自ら匍匐して去ってしまったのか
老人たちはみな知っているかのようで
老人たちはだれも語らないかのようで

聴こえなくなった
風気を呼ぼうと
白い布を
老人A 老人Bも
神棚に掛けてみるが
聴こえない

六月樹が老人街から
あきれて旅立ったとすれば
と老女たちが
古橋の西詰で
引き留めようと
古謡をうたいだすが
三節目からは思い出せず
繰り返しうたっていると
六月の葉群れが
舞いはじめ

競って拾う老いの手と手
なつかしげに笑う口々も
葉たちを読みとる目と目が
やがて無々の顔・顔に
なったとすれば
もうこの老いの街に
あの風気は
戻ってこないのだろうか
それは
午後零時零分に歩かない
猫Mが知っているのか




  向日葵へ

バルコーンに棲むぼくは
亡命詩人に
手紙を書く
水力女に見つからない
午後三時一五分

宛名を知る
国境超えの
赤毛のファンは
いつも
うなだれ 帰ってきては
きっと と言う
詩人は
バルコーン語を亡失したんだ

ぼくの手紙が
みえない風 だとしても
一枚の旗さえあれば
どんな方角からだって
たちまち詩に転生する はず
貿易風でも 芋枯らし風でも

取水下手な
水力女は
手紙を出す日にかぎり
食事をあたえず
正座して三度土下座すれば
少しだけくれる ほんの少し

ホアンとジョアンとジャンとで分け
明日の 南南西風について語り
昨日食べた北畠の印度苺を語り
今晩ひえそうだから
ジョンも呼び 寄り添う相談

でも とホアン、ジョアン、ジャンは云う
いつか返事は来るよ
いつか詩人は思い出す
いつかのために旗を佇てよう
でも とホアン ジョアン ジャン
ぼくが捜している向日葵は
きっとバルコーンから見える
きみは手紙をかくべきなんだ
その時までは、



   

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