◇お断り◇表記できない漢字は別の漢字に置き換え、また、ルビは()で表示しています   

     Collection詩集 Ⅰ    


生田裕子


















































































詩集 
塩と絆

生田裕子
本多企画 2002年9
 

 地図にはない小さな門がわたしの出口
 春咲門はどこですか
 若夫婦が腕を大きくまわし湖をかたどる
 むこうへ
 (「国破れて/ gue po」」より)



  歩く人(来往行人/ laiwang xingren)

まーさんのじいさんは凍てつく野原を歩く
いーあるさんいーあるさん
いちにっさんいちにっさん
まーさんのじいさんの背中はまるい
丸太のまーさん苦力じいさん
多層の丸太の下層の地下で
くの字の骨のじいさんは
いーあるさんとは
いえないままに
いちにっさんいちにっさん

馬さんは道先案内人です
「ペッキンハオックニノスィコククライノオッキサデス」
日本語でした 記号ではありません 言葉です
平らな平らな大地を歩きながら
耳の中の平らな平らな言葉の垢がめまいをおこしています
言葉を手繰る馬さんの黒い髪 手 口
東北育ちの白い顔は明瞭です
馬さんの号令の下
あっちへこっちへ移動します
遠くからの石のつぶてが硝子に命中し
ひびの花を咲かせました
いーあるさんいーあるさん
馬さんの言葉です
未知の言葉です
馬さんの目、複雑です
まーさんのじいさんが歩いています
くの字の背中のひびの花 解こうと
触れれば血が吹き出るでしょう

平らな平らな大地の
あっちへそしてこっちへ歩きます
言葉の凍土を
掘り下げながら




 安息日

パイプサンデーにいらっしゃいとMさまから誘われた
ブラシはいらない身ひとつでいいという
同行したSさまは
昨日から飼い猫が行方不明だと涙ぐむ
きれいな涙だ
パイプを掃除すれば猫は戻ってくるのだろうか

小さな部屋の高いところから見下ろしているのは
Cさまだ
男をぎりぎり布一枚で隠し手足から血を流し
穏やかな顔ではりつけになっている
苦悶の表情を見せたりするのはただの人間
私の罪を背負ってくださり
私を救ってくださるのだから

MさまがCさまへの愛を歌っている
きれいな声だ
Sさまが重いバイブルを手渡してくれるのに
パイプの口にどうしても入らず愛することができない

きれいになりたい
私は
女隠しきれないただの人間
パイプの口先をブラシで清めながら下半分から汚水滴らせ
今日だけは
私一人救われ
今日だけは
私一人手に入れる安息に感謝して
残りを身ひとつでしのぐのが
似合いのただの人間




 あおいあぼがど

熟すまでと
囲んでいた
隠れ家を出ていくと
林檎おいるがからだにまとわりつき
なにも持たなかった指先から
わたしという匂いがもれ出て
犬が吠えたてる

その場所を占有していたのは
わたしではないのに
警察が来てどきなさいと命令する
電話をしたのは誰だろう
まさかと思う人が
わたしを無視して
往き過ぎる

誘われた時在り処は
わたしの動きにあわせて
蚊柱となっていたから
しかたがないとすませてしまった

すませてしまえば
あおいあぼがどはあおいままだったのだ

まさかと思う人はいつまでも
無視して
ゆきすぎるから
内部の大きなタネは身のおきどころなく
老いていくばかり
なにもないのに思案して
土にもぐろうか
上へあがろうか


   

 index