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      Collection詩集 Ⅰ  


山口洋子
山口洋子

















































































詩集 
魔法の液体

山口洋子
思潮社 2013年2
平成25年度半どんの会文化賞
 

 ね あのぼうし
 そおっとそおっと
 まがった杭にずうっと待たされたまま
 浮かれようかしら
  (「啓蟄」より)






  

松のみどりの二番目の枝
もどってきて止まる
気に入り場所
パンの森がみえるのだろう
愛しい彼女がみえるのだろう
せわしく縄張りを告げてもみせる
アッアッア
きみの木の下
背中の耳でカ行のない鳴き声を聴きながら
なぜかきみをオスだときめ
草をぬき小石をひろい畝をつくる
鴉はカアではないか
逃げない鴉
わたしの身体の内側には
いつのまにか出来てしまって消えない
金属光りした黒色の
きみの嘴や羽がぴったりはまりこめる鋳型がある
アッアッア
気を引かせる
わたしは振りむかない
曖昧ないい顔はみせない
見上げればまっすぐに飛び込んでくるだろう
ぬるり濡れ羽色の
芯のみえない
わたしは 鴉になる
――――――
のは
いやだ

啞啞 鳥乎 嗚呼
文字が鳴く
ア行で生きているきみがひどく偉く思え
カアだと思っているのはわたしだけなのか
きみはそのうちニャアと話しかけてきたりして
人語
(ひとご)のひとつ創れない
越すに越せない
鴉よ
アッアッア
せっつくのはやめろ
やっぱり
脇目も振らず カアッと
カアッと




  川おと

きみは体に川を飼っている
と もっぱらのうわさ
川は流れつづけて
南へ流れて
南のさきで海につづいて
だからきみのこころは綺麗さっぱりからっぽだ
というのはうそだろう
その川は大きくて広くて
とうとうとして
牛の太郎が
浅瀬で
きみに
背中をあらってもらい
太郎は不覚にも
ほーほーけきょけよって鳴いたんだってね
ほんとかなあ
そういえば
夏には鮎がおどりはねるんだって
わたしは
川おとをゆっくり噛んでみる
渡し舟の匂いがする
石をドボーンと投げたら
飛沫が返ってきた
西へ流れる川に沿って
走るバスから見える
この川は小さい




  かっぱ
                      
                      あんずの木の下
池に ふとったかっぱが空を仰いで浮かんでいる 骨と皮ばかり龍
之介さんのやせすぎたかっぱの面影はない 朝ぶろ昼ぶろ夕ぶろ夜
ぶろ浸かったまま 隙だらけ 水虎の呼び名が笑わせる おなかの
上の両の手は所在なく ときに 熟れたあんずの実が落ちるのを待
っているのだろうか 静寂 「あ」と言ってみよ 「う」と言って
みよ どこ吹く風 のかっぱ
                         大きな声
こらあっ かっぱに引き込まれるぞ! お昼をたべるや否や大川に
泳ぎにとんで行く子どもらの手をわしづかみ どれどれ と口のあ
たりのにおいを犬みたいに嗅ぎ きゅうりをたべたな 道に立ちは
だかるとしよりたちは かっぱよりよほど怖い きものの上前に袖
を落とし 帯に差し込んだふしぎな姿のおためばあさんもいる 冗
談とも本気ともわからない
                    どの道を走ったろう
小雨がぱらついていた 道路沿いに池があり 座っているのや立っ
ているのや かろうじてひとらしい三四人の姿がけぶってあり 魚
でも釣っているのだろう 進んでいくと ちょうど一服できそうな
山と道路と池に沿った細長い公園があり石の腰かけがある 気にも
とめずに見るともなく見ながら進み 真横 それはうす緑いろのそ
ろいもそろって前かがみ気味
                  かっぱかっぱかわたろう
車は一瞬に通り過ぎ振り返り振り返りしてももう見えなかった あ
のとしよりたちの大声 こらあっ 降る

   

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