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     Collection詩集 Ⅰ    


原和子















































































詩集 
石の夢

原 和子
編集工房ノア 2013年4
 

 帰りにも 見える
 ひりぼっちの シャツ
 早くお帰り
 暗い窓のひとよ
  (「裏窓」より)



   序詩

ほんとうのことを言うと
詩は
詠み人知らず がいいように思う
詩だけが ふっと
時間の外に 浮き上がって
なにげなく 読むひとの
こころに 停まる
言葉より 美しい沈黙が
行間にあって
存在より 美しい不在が
かいま 見える
所有より いっそう美しい
憧れが 
眩しく 見えかくれする
そんな詩を
書きたいと思ってはいるが




  寒卵

ザルに盛られた 卵を
よく 帰りに買ったものだ

赤ん坊をおぶった
痩せた 女のひとが
新聞紙の上に ていねいに
ひとつ ひとつ 五つ並べて
巻いて
また 五つ並べて 両脇を折って
しっかりと 包んだものを
一礼して 渡してくれた

私は ぼんやりつっ立って
その おだやかで
優しい手つきを 眺めるのが好きだった
なにげない 所作に
「挙措」(きょそ)という 美しい日本語を
思い出したりした


それを抱いて
夕方の 寒い通りへ出て
見まわしても
幸せは どこにも見当たらなかった

淋しそうな女のひとも むずかる赤ん坊も
重たい足どりの 私も
いじらしいような卵も
それを
いまも 産み続けている
どこかの鶏小屋の
  ひしめく鶏たちも




  猫について

猫は調べてみる

 みの虫について
 柿の葉について
 鉛筆について

バッタとこおろぎとの違いを
 食べてみて

蛇とみみずとの違いを
 引きずってみて

池の水と風呂の湯との違いを
 とびこんでみて

男の膝と女の膝の弾力を
 乗ってみて

男の首と女の首を
 やわらかく 噛んでみて
 
秋になると
こんどは 男が
一団と深くなった 猫の毛並に
痩せた指をくぐらせながら
猫の怠惰と
女の怠惰とを
ゆっくりと 比べはじめる



   

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