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      Collection詩集 Ⅰ   


佐伯圭子








































































詩集 
繭玉の中で息をつめて

佐伯圭子
思潮社 2013年3
平成24年度半どんの会文化賞
 

 あんなに 重いのに
 羽根を 与えられたのですね
 何処へ
 行くための
 (「石は」より)


  野葡萄

首折って咲く花のかたわら
わらべうたをこっそりと隠す
草原の遠景を折りたたんできた
ながいわたしの旅
わたしの嘔吐はいつまでも
淡い陽に晒され
すべてを見ていた野葡萄が
あかむらさきに実っていく
葉の陰で
静かな重みを
たたえたまま




  しっかりと紐をかけ

この包みは紅いろの紙で包もう
物語のように強い糸で
縫い上げられたものだから

君への贈り物を
光沢のある紙で包もう
ほろ苦い草いきれや
野の花の匂い
穀物の養分

空気
地上の滋味を食
(は)んでいた
あつい生命体だったものを
生きものだった最期のとき
啼き声は一瞬
空を走った
暑い壁を
ふるわせた

刃物を持つひとの手が
ゆっくりと皮を剥ぎ
湯をくぐらせる
匂い立つけものを抱え持つ
腰は疼いた
けものの生涯と
ひとのすさまじい仕事から
この惚れぼれとする
履物はうまれた
君の足先や踵を包むために

卒業していく青年への
贈り物には
しっかりと紐をかけ
早馬の脚に託して




  えのころ草

細く長い首に支えられ
しなやかに揺らぐ緑の線の先端に
集められた毛羽立つ花穂
えのころ草

この草を
今年初めて見たわけでもないのに
何十年も目にしてきたのに
ふいに今日光を湛えてわたしの前にあった
犬の子草 猫じゃらし

暑い夏が野に育てた
かやつり草 姫あおがやつり 雀のかたびら
沢山の雑草に混じって
夜の灯を受けとめて
一すじ中心に芯を透かせて
微笑みを交わしている草
懐かしい指が招いているように
光を溜めて
囁く緑の繭になった

   

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