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Collection詩集 Ⅰ        


神子萌夏


















































































詩集 
白をあつめる

神子萌夏
ジャンクション・ハーベスト 2013年3
 

 澄んだ血液を
 足の指先までめぐらせて
 とぎれとぎれの日常を
 くさり編みでつないでゆく
  (「ひこうき雲」より)



   白をあつめる

四月 木蓮はやさしい乳白色で
わたしに宇宙
(そら)を指し示す

六月 さみどりから白へ
初夏の色と形で香る 鉄砲ユリ

なつやすみ
しんとした中庭の百葉箱は
いつも鍵がかかっていた
白い丸襟ブラウスは貝のボタンで

九月 日盛りの白い道を
白い猫がゆらゆら渡る

あのころもいまもたぶんこれからも
白く光って見える
未来は

十二月 里山の雪の朝は
住む人へ 時刻指定の贈り物
夜のすべての音を閉じ込めて
ひかりとともに満ちてゆく 白

新年の台所で
大地の水を吸い上げた
半透明の大根が
薄いイチョウに刻まれてゆく





  夜を往く

ときもいろも無い
ほの明るい中を行くと
夢 が浮かんでいた
薄い膜につつまれて揺れている
内側の色に見とれたとき
もう 取り込まれていた

かたわらの赤ん坊の足の裏を
タオルをゆるく絞って拭いてやる
ついでに自分の足も拭こうと
流れをさがしていると川のほとりに出た
爪先を浸す潔い冷たさ

 冷たさでうすく目覚める
 まだ こんな夜の淵
 足もとにずっしり熟睡する猫の寝息
 行く手にまた浮遊する誰かの 夢

街路樹の根元に坐る男の子
見る間に黒い犬になって眠り込む
きっと毛布がほしいはず
わたしは青信号を走り抜け
裏階段を駆け上り
子ども部屋の二段ベッドに
青い毛布をみつけた
そこで
息が切れて目が覚める





  草の香り

 ハッチがひらいて
 草の香りがシャトルに入ってきた
 やさしく地球に迎えられた

宇宙から還ったひとのことばが
わたしのまぶたの内側で
響いている
そう 地上は草の香りで満ちていた

遠い夏 草いきれのなか
姉と弟と三人でバッタを捕まえた
まだ若いバッタの透き通るようなうすみどり
うまく持たないと
すぐに外れる華奢な肢

袋の中の数を競い合って
それから草叢へ放たれた者たちは
次のいのちを繋げただろうか

開け放した窓から
つがいのトンボが入ったらしい
障子にゆれていた
竹ひご飛行機みたいな細い影が
羽音を連れてつっと 飛び立った

きっと
雨あがりの草叢の上を
飛ぶのだろう

九月 秋海棠
(しゅうかいどう)
うす紅色の花をたくさんつけている
草叢のようなわたしの庭


   

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