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Collection詩集 Ⅰ         


豊田和司


































































詩集 
あんぱん

豊田和司
三宝社 20174
第18回中四国詩人賞

樹のように生きることができたら
半日首が痛くなるまで見上げても
樹にとって私は一瞬の幻

   (「樹」より)




   
灰ケ峰

あえぎながら
急斜面の角を曲がると
ふいにかすかなせせらぎの音
まるで何かの啓示のような

小川のそばに身を横たえて
流れに右手を浸して
死を待つ兵士の幻影……

一服して
一声
(いっせい)うぐいす啼いて
山は静かだった




   眠る少年

夏の昼下がり
開け放たれた電車のシートに
少年がぐったりと横たわって
少年におおいかぶさるように
深くこうべを垂れて
そのお母さんも一緒に眠っている

隣にまじまじと目を見開いて
きょときょとしながらも
少年の手を離さないでいるのは
どうやらお姉さんのようだ
弟が転げ落ちないようにと気遣って……

少年よ
君がこれから目覚める多くの場所に
お母さんも
お姉さんすらもはやいないだろう
けれども少年よ
君が最後の眠りに就くとき
お母さんのひざまくらと
お姉さんのたなごころは
きっとあるだろう

入道雲の見下ろす
小さな田舎の駅で
君が夢見ていた時のように




   みみをたべる

みみをたべる
パンのみみをたべる
やわらかくておいしいところは
おんなのためにとっておいて

みみをたべる
おんなのみみをたべる
やわらかくておいしいところは
たましいのためにとっておいて

たましいの
みみをたべる
やわらかくておいしいところは
しのためにとっておいて

みみをたべる
しのみみをたべる
やわらかくておいしいところは
とわのいのちに
なっていって


   

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