◇お断り◇表記できない漢字は別の漢字に置き換え、また、ルビは()で表示しています   

Collection詩集 Ⅰ         


山本眞弓














































































詩集 
五月の食卓

山本眞弓
澪標 20183

第一詩集…以来、実に25年の歳月が流れた。
…これで過去への一つの区切りとしたい。今後は挑戦する気持ちで
今を感じつつ、コトバを探っていきたいと思っている。
  (あとがきより)




 
   五月の食卓

青い風の中にいると
魚になって
どこまでも泳いだ
冷たい海の感触が甦ってくる

緑の洪水に身を晒すと
小鳥になって
幾度も交わした契りを
絵空事のように思い出す

白い光のシャワーを浴びると
何も知らない残酷さで
互いを傷つけ合った若い日々が
悔恨にも似て胸を突く

私たちは向かい合って
黙ったまま
五月を食べる
新緑のあくも苦さも
合わせ飲み込む




    ガーベラ

朝から疲れた無表情な顔が並ぶ
満員電車の憂うつ
吊り革にぶら下がった長い舌
単調なロックのリズムが
耳にざわつく
時間に背中を押されるようにして
どっと溢れ出す人の波
埃ぽい雑踏
歩道まで乗り出した車の横をジグザグに走る
乱暴な音の響き
空の奥のさざ波のようなうろこ雲を目にとどめ
ばらばらになりそうな感情の中で
かろうじて私は生きている
カサカサと大きな桐の葉が足元に舞う夕暮れ
肉も魚も野菜も買わず
真っ赤に燃える
ガーベラだけを
食卓の青い花瓶に満たした




    ナイロビの風

初めて空から見た
赤い大地と蛇行する川
アフリカが拡がる
丸い集落とアカシアの木が近くなる
地平線から風が吹いてきた
足を下すと生温かい大地
体が楽になる
先祖の地に戻ったような
懐かしい心地

ナイロビはマサイ語で 水のある所
 年中花が咲き 鳥が啼く
ナイロビは赤道直下
 年中同じ頃に陽は昇り陽は沈む
ナイロビは海抜千六百メートルの台地
 乾季雨季はあるものの一日に四季が巡る
動物も人もありのままに暮らし
夜は満天星で埋まる
太古から変わらぬ生の営み
私は大地のゆりかごに眠り
寝覚めのよい朝を迎えた

虚飾に飼い慣らされた魂は
窮屈な箱から解放され
不思議な安堵感で充たされた
驚きと発見の連続
アフリカの何もかもに
魂が呑まれていく

五月の風が吹くと
ナイロビの風を思い出す
かつてそこで暮らした日々が
突然心を揺さぶる
もう帰ることもない遥かな大地へ
私の魂は飛んでいく


   

 index