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Collection詩集 Ⅰ         


青木左知子




















































詩集 
身代わりたち

青木左知子
澪標 20154

詩を作るということでは、とても遅い出発です。
……
若いころから土壌を肥やし、何度も種を蒔いて手入れをくり返していれば、
それ相応の花は得られたかもしれませんが、老境の痩せ土にもそれに見合った
芽生えはあるものだと今は喜びでいっぱいです。
  (あとがきより)



  清少納言さま まいる


春はあけぼの
寝覚めの足もとふらつきて
カーテンの襞をつかみぬ
ひとり住まひに体裁いらねど
見えぬなにかに我が身とりつくろひて
さりげなくカーテン滑らせけり
山際明かりても
紫だちたる雲など見あたらず
黄茶けたる薄ぐもりはピーエム二・五となんきこえける
いと今めかしき言の葉などと なのたまひそ
いにしへにいふ漢
(から)の国よりながれきたりし
平安ならぬ平成の物の怪にて
(やまと)の民にはいみじう疎ましきものなり

秋はゆふぐれ
夕日山の端に近うなりても
からすの遠き寝どころへ急ぐさまなどなし
明日は生ゴミ取集日
その寝どころこそいづこなれ
人家の屋根の陰の辺りに潜みゐて
一番乗りを狙ふならん
その食ひ散らかしたるさま思へば
趣捨てたるからすのあさましきことかぎりなし

もののあはれやいづくなる
八十路間近きおうなには
未来の文明などいかな魅力もあらずして
時の流れ瑞穂の国へ向けらるるならば
いかばかりこころ安らかならんと
日々おもひつつ過ぐしまゐりき
おもふてもおもふても為ん方なきことに侍れども

くりごとひとつ
申しさぶらひぬ           かしこ




  身代わりたち

茄子も胡瓜も西瓜の皮も

味をととのえる唐辛子にショウガのかけら
琺瑯引きの狭い床のなかで
縦にされたり横にされたり

ここんちの婆さんは醸しだすなんてことばが大好き
柄に似合わずそこはかとなく香気とか気品とか 
そういう気配を醸しだせたらと
そんな願いをもっているのだけれど
もうどうみたって婆さんの肉体(からだ)にも精神(こころ)にも
醗酵できる潤いなんぞなく
そうと知ってか知らずにか
来る日もくる日も糠床に野菜押しこんで満足してる
どんぶり鉢の色とりどりは食しきれない大盛り山
漬け物が主役になろうはずはなく
三度三度ラップ被せられて冷蔵庫
出たり入ったり入ったり出たり
挙句の果ては孫の口
 わァ酸っぱいよォ
 発酵食品だからからだにいいんだよ たくさんおあがり
 でも おいしいとおもって食べなきゃ栄養にならないっ
  てママが言ってたよ ねェお姉ちゃん
 うん これ賞味期限切れてんじゃないの? 発酵って腐敗と紙
  一重なんだってよ
婆さん きょうは大きな青瓜買ってきている




  ゴーヤのような

はじめニガウリなんぞと名告られて二三歩さ
がった たれかがあれこれ説いてはいたが
苦いうわさはすでに口いっぱい おいしいも
ののあふれている世の中 ビタミンCを摂る
のになにも苦みこらえなくても よくない評
判 ついと寄ってこられてもさりげなく身を
かわしていた 楽しく語らえるひとほかに大
勢 なにも好きこのんでそんな人から嫌なお
もいをもらわないでも なにかのきっかけ
おそるおそるのゴーヤ 前歯の内側苦みのな
かから滲み出てくるもの あらあらこれちっ
ともいやではない そうしていまではもう野
菜籠の常連 ぶっきらぼうで世渡りが下手
でも俳画を幾枚も描き遺して逝ったのだとき
いた ちょっと毒をもっていたけれどゴーヤ
の苦みみたいなものだったとも よくないう
わさを背負っていたひと いつも顔を背けて
擦れちがっていたのだけれど



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