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Collection詩集 Ⅰ         


丸田礼子




















































詩集 
夕陽が背中を押してくる

丸田礼子
澪標 202111

行ったことのない
明日
ひとりで渡る
乾杯 杯を握りしめて
          (「乾杯」より)



  
こぼれる秋

いっぽんの
金木犀が立っている
誇り高いどっぷりとした
たたずまいに
空も風もぐるりとまわり
深々と挨拶をした

秋がやってきて
木は
楕円形に広げた手から
オレンジ色の花を散らし
わたしのまぶたのうらにまで
こぼした
香りは
音楽のように
通りの向こうまで広がっていった

忘れていたものが
わたしを呼ぶ

住む人のいない庭で
住宅建築予定の
札を見つけたとき
 
木に向かい
静かに
別れの一礼をした




   礼賛

木造校舎の端にある
理科室の窓から
見える骸骨の標本がこわかった
曇りや雨の日は
眼をつむって走り抜けた
小学校から走って 走り続けて

 今はこわくない?

骸骨はいつも共に在って
どこに行くにも一緒

鎖骨は
ラテン語でクラビクラ(小さな鍵)
肩からたおれて 起き上がれず
そのまま痛みを計っていたときも
洒落て響きのいい名前

 猫は鎖骨がないので
 わたしを抱きしめることができない
 だから わたしが強く抱きしめる

たおれたときや転んだとき
ここだ ここだ
肋骨 背骨 大腿骨 手首 肩
骨は主張する
さまざまに 部位の
レントゲン写真を凝視
唸るしかないフォルムと働き
潔くうつくしく浮かんでいた

いつか
踵に火がついて 瞼に火がついて
いっぱいに燃されて 骨つぼに
はらはらと散るまで
一本の薔薇のように 春夏秋冬
すっくとわたしを立たせてほしい




  完結

遠くの施設へ行った
振り向かなかった
道のむこうに消えた

鴨居の
セピア色の
一列の
人々

やすらかにしずかに眠れ

蜘蛛の巣
土壁
天井

雨戸ぎしぎしぼろぼろ

出征
葬列
花嫁
祭り

道のむこうに消えた

からになる
剥がれ落ちる
崩れ去る


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