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     Collection詩集 Ⅰ  


服部 誕
































































詩集 
祭りの夜に六地蔵

服部 誕
思潮社 202310
20回日本詩歌句随筆評論大賞 詩部門優秀賞

 

(べつに不思議でもなんでもないのだが
(それはとても不思議な光景だったのだ

  (「さかいめに風船ひとつ」より)



  昼下がりの幸福について

めずらしく混んでいた
昼下がりの箕面線
あいていた隅の優先席に腰を下ろすと
向かいにひっそりと
双体の道祖神が座っていた

奥深い箕面山中で長いあいだ
風雨に晒されていたかに見える石仏は
寄り添ったかたちに刻まれていた
男の苔むした眼は一文字に閉じられ
だらしなく開いた股のあいだに
両手をだらりと垂らして
女の肩に凭れかかっている

あちらこちらに亀裂の入った女は
やや半身
(はんみ)になって男の二の腕を把み
もう一方の手で男の膝を
深々と息を吐くテンポで
軽くたたいていた
ちょうど眠りに落ちようとする幼子を
寝かしつけるかのように

車窓から見える箕面の山なみの
紅葉はひときわ鮮やかで
ハイキング帰りの乗客たちの
しずかなざわめきと汗のにおいが
すこしだけ開けられた窓からの
風に乗って流れてくる

男の瞑った目のはしから
涙がひとすじ流れ落ちた
ぬぐうでもなく男は
女がゆったりと拍子をとりながら
膝をたたくにまかせていた

   この電車は次までです
   宝塚・梅田方面へは
   次でお乗換えください

眠る男の涙のあとと
女の節くれだった指先を見
石と石が打ちあわされるたしかな音を
聞きながらわたしはふと思う
男は今しあわせなのだろうか
女は?

電車は乗換えの石橋駅に到着する
――着いたわよ
ひび割れたくちびるの隙間から女がささやく
男の石の目がわずかにひらき
誕まれることのなかったものが
ながい時を経て
はじめて人間に気づいたかのように
黒々とした闇の奥から
動けずにいるわたしを
じっと見ている気配

――いったいどこに着いたんだ、おれたちは?
かすかな嗄(
しゃが)れ声がわたしにまで届く




  最終電車を乗り継いで

阪急梅田駅発二十三時四十八分
箕面線に連絡する最終の宝塚線急行に乗ったとたん
不覚にも眠りこんでしまったわたしは
どこからか聞こえてきたカチカチという
時計の音で我に返った

むかし まだ芦屋に住んでいた子どものころ
阪神大震災で全滅してしまうずっと前
我が家にはボーンボーンと時を告げる
ねじまき式の柱時計があった
真夜中十二時にも律儀に十二回鳴るので
その音に目が覚めて回数を数えはじめると
金縛りにあったように目が冴えて
それっきり眠れなくなったものだった

おとなになってからも
カチカチとすすむ時計の
時を刻む音が気になりだすと
どうにも眠れなくなってしまうたちで
寝室には静音時計しか置いていないのだが
ひさしぶりに聞いたカチカチカチという時計の音で
わたしは乗換えの石橋駅を
乗り過ごさずに済んだのだった

その音は向かいに座っている年老いた男の
膝に置かれた八角形の
古めかしい掛時計から聞こえていた
光沢を失い先っぽが割れて
ぽっかりと口をあけている黒革靴を履いた
蓬髪と化した白髪頭の老人は
よれよれの白ワイシャツに
ぶかぶかの背広を着ていて
とっくに定年を過ぎたのに
まだ恰幅の良かったサラリーマン時代の背広を
そのまま着つづけているような
なんとも不恰好で貧相な男だった

石橋駅に着いてわたしは
眠気を振り払いながら
老人といっしょに急いで電車を降りた
もう発射ベルが鳴りだしている箕面線へと
地下通路を小走りに駆けおりながら男を窺うと
二十センチ角ほどのその掛時計を小脇に抱えて彼は
思わぬ速さでわたしを追い抜いていった
カツカツという乾いた靴音が通路の壁に反響している

箕面線ホームに吊られた時計の下で
つかのま立ち止まった老人は
車掌を待たせたまま
掛時計を持ち上げ ホームの時計と見くらべていた
自分の腕時計の時刻をつい確かめているような
ふだんからやり慣れている
なにげない動作のようにそれは見えた

箕面線終点の箕面駅まで三駅のあいだ
最終電車のたった二人だけの乗客となった老人とわたしは 
先ほどまでとおなじように
座席の端に向かい同士に座り
カチカチカチと時を刻む時計の音にじっと耳を傾けた
静かに目を閉じて 痩せたからだを
かすかに揺すっている年老いた男の様子はまるで
その音にあわせて揺れるあの柱時計の振り子のようだった




  一月十七日の瓦礫
(かけら)

百日紅(サルスベリ) 萩(ハギ) 紫式部(ムササキシキブ)
すべての葉を落とし尽くして枝だけになった順番
最後まで残っていたのは
いちばん早く咲いた紫陽花
(アジサイ)

  

朝になっても夜中の雪が
椿
(ツバキ)の木下闇にかくれていた

オニが見つけにやってくるまで

  

窓灯りのなかの人影
動いている。

消防自動車のサイレン
氷る月

  

眼振。
右へ右へと引っ張られる
世界が自転する
重力が傾いでいる

ドオッと仆
(たお)れた。
 


   

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