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Collection詩集 Ⅱ



北村真
北村真3






























































































































詩集 
ひくく さらに ひくく

北村 真
ジャンクション・ハーベスト 201212

名付けた人の願いが刻まれ
名付けられた人の未来が記憶された
名まえのかけらをあつめ

その人を呼ぶ   (「名を呼ぶ」より)

 
   

  ひくく さらに ひくく

さらにです
ひくく もっと ひくく
高度をさげてください

フェンス越しに
六号機の建屋が見える森のなかを
さらに ゆっくり
ゆっくりと 降下してください

ひんやりした
風がながれている岸辺の草花に
幼い指がふれようとするあたりまで
おりてきてください

日々くりかえし
わずかな被爆をうけ変色する
おしべの毛がみえる場所まで

おともなく
においもなく
洩れつづける
放射線をあびながら

逃げだすことも
かくれることもせず
遠い空のうらがわに送信をつづける
ムラサキツユクサのおしべの
ピンク色のシグナルの音が
聞こえるところまで


もっと ひくく 
さらに
ひくく





  門

二本の柱
それだけなら
門とは呼ばない

取り残された壁の残骸より
むしろ
かなたに連なる見知らぬ道によって
かろうじて
門でありうるのだ

かつて
門によって時が生まれ
門によって場所が生まれた

静まりかえった
柱のあいだを
夜がいくども吹き抜ける

風が
ひびわれた夜ふけのような
音をたてている

去りゆくものと
たどりつくものとの
峻別の痛みに耐えながら

私もまた
門をくぐってやってきたのだ





  いのち

 豪雨


遠くで空を見上げる人と 立ちつくす電柱とを
夕暮れの森と 折りまげる夜の背中とを
生きもの骨格と 水びたしの死の輪郭とを
雨は分けることができない

ぐったりとした腕と脚
崩れ落ちたままの頭

くたびれた人形のような小猿を片腕にかかえて
わたしを見ている

激しく雨がふりそそぐ樹木の陰から
おびえながら威嚇する眼で
ずぶ濡れの猿が
わたしを睨んでいる



 樹液

赤道の村では
生まれてすぐになくなった赤子を
大きな幹にあけた穴の
しろい樹液の流れるなかにおさめるという

千の葉は光を浴び風に揺れ
穴はやがて閉じて
樹は 長い時間をかけて
子どもを抱きあげるという

雑木林の奥のあずま屋で
大粒の雨のような
固い実が落下する音を聞きながら
わたしは あのひとを待っていたことがある





  影を連れて

ゆきちゃんがぶちまけたもの

作りかけの折鶴三つ
白いブラシと口紅と手鏡
プーさんのハンカチ
体育館で踊った大漁節のはちまき
はじめての二泊旅行のジーパンとトレーナー
青と白のストライプのビニール袋に入ったサンダル
キムラ先生が作ってくれたサザンとジブリのCD
中二の時の誕生日カード
さきちゃんが描いてくれた似顔絵
角がくずれたノンタンの絵本
バスカードとオレンジ色の財布
連絡帳と一週間の予定表
白きペンキで星を描いた石ふたつ

重くて歩きにくいやろ
いらないものは かたづけようか
リュックのなかを覗き込もうとする
大きな手を振り払って

ティールームにはじけて散らばったもの
三十二年の思い出でなく
ゆきちゃんの三十二年そのもの

差しだされたときめきのまま
受け取ったよろこびのまま
もういちど
てのひらで確かめながら
ひとつひとつ大きなリュックにつめこんで

だれに手渡すのだろうか

真夏のサンタさんのような影を連れて
せまい階段を下りていった
涙もふかずに
いつものバス停まで


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