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       Collection詩集 Ⅱ


竹田朔歩

竹田朔歩3


















































































詩集 鳥が啼くか
 π

竹田朔歩
書肆山田 20104

 人生でたった一度
 引き戻った場所から
 ふたたび 荒寥ははじまる
 身分証明の 顔半分で街を歩き
 誰にも読まれない一行一行を  鉱石のように結晶させ
  (「Gatelessの上に瞠視(どうし)する」より)
 



 いっさい がっさい 身体性を往く

  

いっさい がっさい
いっさい がっさい 背おって
荷造ろって

いっさい がっさい
いっさい がっさい 処分 しなくちゃ
なりません

それでも――
女は やっぱり 情を 引きずって
洋画の
ワンシーンとは いかず
どれほどの
旅仕度を 夜明けのうちに 終えたのだろう

 

いっさい がっさい
山越え 岩越え  ロック・クライミング
人生の切れ目を  跳び越え
一人を去り 二人を去り   雀のお宿は どこだろう

          (リンリンリン  リンリンリン)
「そろそろ 梱包 終わってくださいな」――  大家さんから電話があった


紐の 切れ目です
粘着テープ ひっさげて
手繰り寄せて
いっさい がっさい
いっさい がっさい
逆に   背負い込んで

 

         突然  ひょっとこ面も  角を出す
         勢いこんで ねらい定めて 弾むベースラインを
         遠くへ  投げ込む


(マンションの部屋)
せまっ苦しい部屋ですが  どうぞ  どうぞ  こちらです

随分 生活と余白の距離が空いて だだっ広く 潤って 滴っています
なにも 計るすべも もたず

ええっい  いっさい  がっさい  放り投げて
長い ながい 旅に出て  旅に出ていく  旅に出たんです


 

         そこ
         そこ
         其処の
         デジタルカメラの被写体
         スーツケースの中で   口笛が聞こえる


いっさい がっさい
いっさい がっさい  背おって
荷造ろって

あっ
そこです
そこです
そこの四つ角 左へ 急カーブを
曲がって


あぁ  もう少し 真ん中のラインを
慈しんで  慈しんで
まっすぐ
まっすぐ
まっすぐに


往く








 『多行句へ』に於いての変容試み


わが来し満月

わが見し満月

わが失脚        高柳重信『夜想曲』

 

多行句の 俳聖なり
とおく 旅立つ男
濁っては  滲み入り
耳底よりふれ 滴るもの 曳くもの

凍りつく月を  つきつめ  みつめて
ロマネスク様式の建造物の 夜を渡り
東洋に産まれながら
なぜか

赦く まぼろしが炎上する
うつくしい閾
(いき)は 微熱にふるえ その直感を捉え
天鵞絨(びろうど)の手触り  草叢へ逸れ
ひそかな脈絡が はずれ

目蓋とじ その失脚の尖に まぎれこんでくる むら雲
かすかに こえてくる  貝桜
かすかに よぎってくる 闇夜
漆黒のさなか




友よ我は片腕すでに鬼となりぬ    高柳重信『夜想曲』


 

過ぎる道のり ちりぢりに破り
天空に投函する夕暮れ
明日も あさってもあるものか
わが恋も  蛹(さなぎ)


風干しをする
寄る辺ない未知は 隅田川を渡り
通過した断片を思いながら 目で追ってみる
足で迫ってみる


「わが身」という
われが ふたつ 育つなり

生きくれて さらに生き
片腕を差し出し  捥(も)ぎたし


傍らのひと 三々拍子 てんつく てん
   急げ かなしくも あり
陥ちよ   かなしくも なし
失せよ てんつく てんつく つづくなり




しやつくり 何かがはじまりさうな夜    高柳重信『夜想曲』

 

はじまりも 結びもなく 行き方しれず
禅寺に往く
わたくしを狩り 一角獣となる


生き延びよ ぶくぶくと
浮き 上がれ  巨大な海月(くらげ)
旅へ わすれ去れ


うつぼ舟 と 柩
わが網膜 身も 心も 非対象に こわれいく
わたくしの現象


溜まり 凭れこむ 咽喉(のど)もとの  激昂
しやつくりを手のひらで押さえ込み 身をそぎ 愛をそぎ
不条理のなか ぬけていく


なかぞらに
魑魅(ちみ)と魍魎(もうりょう) うかび上がり 来る
烈しくもまた  双眼とともに
なお 立ち去らん  ゆれる すだまと木石

  

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