詩集 春のソナチネ
小西民子
編集工房ノア 2009年11月
桃をかじる
ふたりでひとつの桃を
かじる
交互に
皮ごとかじる (「空の木」より)
春のソナチネ
*
くつろぐ天使は
ソファーに
くぼみを残して
今はいない
千年後にも残る
北イタリアの土を
焼くために
神戸の画廊から
飛び立った
ところだ
*
こころに落ちる
緑の影は
とっても痛い
明るい夢のなかで
揺れないぶらんこの午後にも
*
月夜の
部屋はとくに昏い
地球をぼんやり照らし
私たちの会話は
とぎれたままだ
秋のソナチネ
*
鳥の影がよぎってゆく
青い
空からはずれて
一羽
飛んでいるのは
*
木の中を
キリンが歩いている
ときどき
立ちどまり
まわりを見まわして
高い木の葉を食べる
本を閉じると
私の中に入って
暗い夜を一緒に夢をみる
そして
私の未来を知っている
キリンは
私より早くめざめる
*
羽根が
雨のように
重たい
もどれない
遠い
きのう
捩れているきのうへ
通過するソナチネ
*
深くて青い
穴はいかがですか
穴売りは
夏の路地を
通り過ぎる
*
カナカナ蝉ハ
カタカナデ 鳴ク
都会ノ
夕暮れヲ
カタカナデ 鳴ク
*
空のような
体を移動させて
街を歩いていると
きのうが
こんなにも
と
お
い
*
涼しげに
通りすぎてゆく
一日を
一日を
事情の多い夢の中ですごす
それから
朝が来て
夢の中に
わたしが
登場していただろうか
野に
菫色の換気扇が
回りはじめる
すみれの花が咲く
花束を抱えて
くりかえされる
ただいま
おかえりなさい
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