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日和聡子
日和聡子2


















































































































詩集 
唐子木

日和聡子
私家版 20013

眉毛が太くなりすぎました
刈り込まねばなるまい
そういつたまま
五十日が過ぎた (「轢日」より)



    

     水難

 雨が上りましたので
 そこいらから
 水もぐらが這い出して来ました。

 わたしは舟倉さんを訪ねる途中であつた
 信号は消え
 黒く湿つた道々に
 ビー玉がこるこる転がつておつた
 前髪がおちぬようピンで留め
 そこにとんぼをとまらせて歩きました

 夕暮れ前の教室で
 先生は赤ペンを持つて
 しゆつ しゆつ
 丸をつけています
 どんなに踏み漕いでも
 音のしないオルガンです

 途中で水ようかんを買い
 再び舟倉さんを目指しましたが
 這い出した水もぐらが
 わたしの肘うらによじのぼり

  ふなくらそん
  ふなくらそん
  ゐない
  おしまひ

 一匹となく
 二匹となく
 よじり よじり
 すべて言うので
 わたしは
 用のなくなつた閉じ傘を
 道窪の水たまりに突き立てては
 難を起こした





   鉄鋏

 後髪を切ろうと
 振り向きざまに鏡を見たら
 ふずいさんが立つておつた

 要小学校の枯葉落葉の前で
 じつと黙つて立つておつたあの時の顔のまんま
 私の頭の根本から生えた
 黒い曲がつた幾条の毛筋を
 何の訳だか
 眺めておる

 お茶でも出しますよ。
 夜中の三時
 洗面所を出て
 冷えた麦茶を出す背後で
 どういう仕組みであつたか
 ふずいさんは
 鏡に残つた私の後髪を
 切つておる





   実臣

 よしざね公ならとつくに帰られましたよ。

 残業をしておつたら
 机の下から
 蓬虫が這い出して来て教えた。

  「この頃は雨もたくさん降りますし
  昼時には
  とまとのようなものばかりが口に入りますので
  何ぞ
  これは夏なのではないだろうかと
  考えておつた次第のようです」

 私は
 何度掛け替えても掛け間違えてしまう電卓
 接ぎ木しても接ぎ損なう朽ち枝
 色を混ぜても混ざり切らぬ泥水
 そういつたものを
 置き忘れたままどうやつて帰ろうかと
 思案に暮れていたのであつた

  「一度ならぬ二度の敗北」

 牛の鳴き声がかすかに聞こえるような気がし
 ビルの屋上に近い部屋の窓を開けようとするも
 空に灰雲が伸びきつているのが映り
 足元の蓬虫を見ると
 そこにもう居ぬ

 ベルトをはずし

 向きを反対にしてつけなおす
 それで部屋の電気を切つて
 一向暗い椅子に座つている





   辰午

 
たつのおとしご印の
 栗まんじゆうを食べておつた

 ふと庭の方を見ると
 馬が来ておる

 前髪を切り揃えられた馬が
 手から人参を食べておる
 その手の主は と辿ると
 私である

 見覚えはない
 背丈容姿も
 脈絡がない

 
私は座敷でたつのおとしご印のくりまんじゆうを食べておる
 庭では馬が私に人参与えられておる

 風鈴が鳴つた
 隣家の鈴である

 たつのおとしご印は
 創業八十年
 と書かれた栞を見ておる
 確かに美味い
 と見ておる

 かぽつ かぽつ
 見れば馬が前脚地面を掻いておる
 私の手に人参はもうない
 黙つて馬の顔を見ておる

 箱にたつのおとしご印の栗まんじゆうはもうない
 放り投げてやるまんじゆうもなく
 座敷の上の者は
 蹄土擦れる音を
 白い箱の底に重ねておる



 

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