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       Collection詩集 U


谷和幸







































詩集 
ヴェジタブル・パーティ

谷和幸
思潮社 2010年7月

未知の共同体(パーティ)が今コトバと空虚のあわいでふたたび始まろうとする。
意味とイメージからわずかに浮いた葉体の上で、生と死さえもたちまじり足を

ふみならす。高谷和幸の詩は、人間以下・以上(ヴェジタブル)の透明な影たちの
不思議な舞踏会へと、私たちを招き入れていく。(帯文より)






小さな人たち

斜めに雑木林を抜ける、あなたがゆるく結わ
えた残存さ・イメージは、岩盤に立つ一輪の
花のはりがねのような、山裾の谷間を紫色に
炙らせた小さな人たちを、含ませていたよう
に思います。……圧縮された人たちが住んだ
地層に、裸足を巧みに動かせて小魚を獲る子

供が一人ぽっちでいる。(わたしたちは君の
そばにいるよ)……細いはりがねの草(シュ
レッドされたメディア)が揺れて、壊れたb

器は(わたしたちの言葉は脈打ちしかも決し
て動くことのない時計的な不順さで通じ合う
のです)ソラソラと残された者の声をあげま
す。穴釜跡のぬかるんだ地表に木の新芽をつ
けた君は途方もなく立っている。この時(ゆ
るみ)を、結びなおす細い絹の紐を捜してい
かのようです焼いた額を元のサイズ
に戻すために)、あなたは熔けた陶器の耳に
耳を当てることもあるそうです。両耳のあい

だを渉る風があって、「しきりと杜鵑の声が
気になりませんか」とわたしたちは言います。





 微睡みとあなたが言う

おいで、(あなたは眠っているのです。だか
らご自分のことを人間ではないと言わない
で)。『ヴェジタブル・パーティの招待状』が
届いて、
わたしは犬は言語である、小さな駅に立っ
ていました。
ここは冬で、目の前を何台もの自動車が通り
過ぎていきます。その中の一台が止まり、ド
アが開くと後部座席の奥に子供たちが座って
いました。(鳥は言語ではない)
駅の横にある交番と枯れた水盤。(ネズミた
ちは失うか、間違いを犯している)アタッチ
メント(連愛関係)が毀れて、交番と水盤が、
水盤と交番がおかしいです。もう、わたした
ち、自動選局ができないのです。運転手は女
性です。(ブックカフェのオーナーだとか)
車の鍵に付いていた鈴のように、子供たちに
本を読んで聞かせます。「ページすれすれに
あるわたしの経験そのもの」子供たちはヴェ
ジタブルの葉体の上を散歩します。「この唇
と唇とに触れて消えないもの」ムシャムシャ
食べます。ここで、
わたしは(犬は言語である)
助手席に乗り込みました。
「ヴェジタブルの思いっきり教育図書なのが
好きです」
これが挨拶。


おいで。距てられてある今(ここまで)。
 結び目が解かれ、あなたのぼろぼろにな
 ったスポンジ状の身体が開かれる。



おいで。二人そろって。
車の鏡から遠ざかるものを見つめていたわた
したちは採石場にあいた穴の底のようなとこ
ろで「みんな死んでいる」のを知っている。
ここへ、おいで。(ここでもう一度死んでも
いいですか)
ヴェジタブル・パーティはフォーマットを二
つ折りにしたサーラ編集人の家でありました。
日溜りになった姉の部屋(約束された遺産相
続)があります。この部屋にいるとわたした
ちの身体は葉緑体のようです。床の毛羽立っ
た敷物はナイル河の水から引き上げられた死
者の街です。姉たちの差し伸べる手、向ける
まなざしに死んだ胎児が震えて答えます。
ここまで(動く)、おいで(触れることのない
皮膚)。
死んでいるヴェジタブルをベッドの上に横た
えて眺めています。

「ヴェジタブルはわたることです」
と俄か農夫の主人が言います。だから「彼等
は死んでいる」に、薄紅を注して、わたした
ちはただの食べるつぼみになるのです。冷え
ていくのをこのうえない悦びに思っていると、
「あなたは田園もなく、住宅もないこちらま
でどうやってわたりましたか?」と訊く者が
います。


ぐっしょりと濡れた髪の毛。あなたが手
 にする何でもない事物を痣に替える。



いつかは一緒にわたるのです。色彩温度が黒
い温度に変わるのがそれです。庭の棕櫚の木
影を靡かせていた「閉じた太陽の目」が家を
おおい、それからヴェジタブル・パーティは
わたしたちから消えてしまうのです。「わた
るタイミングを逸すると不味い」と主人が言
います。決してそれは「死を潰す」ではない
のです。パーティの途中で 「わたし幸せで
す」と言った少女(へんな話だけど、彼女は
ちっちゃな顎の骨に変わりました)はわたっ
ていきました。コードでつながっていなくて
も(充電池のようなもので)わたることがで
きるんですかね? アタッチメントをスカス
カさせていると、ウイルスに感染する恐れも
あるんじゃないですか? わたってしまうな
んてどうかしているね。わたしたちは口々に
のぼる言葉で寒くなってきました。主人は火
鉢に炭を足していきます。「ここに来て不在
を暖めましょう」わたしたちは彼女のヴェジ
タブルをプレパラートにはさんで(まるであ
の日の空模様を見るように)空に透かせて見
ています。「必要ならばわたしたちの食べる
一般的な身体と時間のルーツの領域を使って、
彼女が縮んでいくのを測定してもいいぞ」と
死んだ叔父さんが愉しそうに話します。叔父
さん、あなたは死んでいるんですよ。どうい
うつもりですか?



あなたは表面の瑕。蔓状に同化している
 透明体。



示導化石の身体は澄みきって、
ここに旋律的な、リズム的なあなたの思いは
遠い伽藍の壁から返るエコーを集めている。
夕暮れの煮汁に浮かんだ二つの半球は、つな
がった血管で膨れ上がりましたか? 愛はア
ンパンの皮のように焼き上がりましたか?
わたしたち(招待された者)は真冬のあなた
を含み、あなたを迎えるためにホームの門に
立ち、あなたと凍えていることは不思議な悦
びに充ちていました。あなたの垂れていた指
から流れ出る霊気、わたしたちが何回もドロ
ーイングを重ねたところは白く明るく感じる、
その半ば開いた口の奥のくらがり。
「ヴェジタブルになりはじめるといやなんだ
よね」とサーラ編集人が言います。
「居場所にしわがよるのはいやだよね」と建
築屋のヴェジタブルが言います。
「目のあるものを食べるといいらしいね」と
教育者の野菜。
駅の階段を明るい方向に登っていたあなた
(ヴェジタブル・パーティの招待状を送り届
けたのはあなたです)は、水と澱粉を際限な
く放散して、
わたるまではゆるされた宴席にいる。



     T ヴェジタブル・パーティより

 
 




 肩に触れた指を仕舞う所がなく


会談が途切れて畳む足もないのです。わたし
たちは四角い天地に憧れて時代(あれは、誰
かの息吹きであったと思う)をしばしば遮る
ように。あなたの接触する点(暖炉の蓋や作
業机のひかりのへりあたり)にこれからも再
生するでしょう。家のような、吸ったり吐い
たりの分からない罪のない値打ちを信じて踊
ったりして、ぐるりと四方(プロポージショ
ン物質を分泌するそれら四つのわたしを射抜
く細部)は穴だらけ。だから静まった病院を
見回る必要もないのです。むしろ忘れて、間
違えてくれてもいいのです。ひかりが差し込
んだような瞳であなたが「丈夫な空洞が羨ま
しい」眼の無垢であるかのようなと言われ
たことを思い出します。あのひかりあの瘴
気の手懐いた動き肩に触れた指を仕舞う
所がなく」。そうでしょうとも。あなたの横
たわる地面の底を流れていた水にようやくな
れたようで、わたしたちは何万年も不在です。
 

  

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