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 Collection詩集 U

長嶋南子
長嶋南子3


















































































詩集 
猫笑う

長嶋南子
思潮社 20099

仕事をやめた
散歩にでた
猫がきた
詩ができた
それだけのこと――  (帯より)




  

  箸

夜中
おなかが空いて目覚めた
炊飯器に手をつっこんで
ご飯をにぎって食べる
台所で立ったまま
箸はつかわない
どんどん人ではなくなっていく
そのうち手もつかわなくなり
そのうち口だけで
ねこみたいに

台所でひとり
手づかみで食べている
口をパカンとあけて
ねこが足元にすり寄ってきて
えさをねだっている
ねこ
そこで立ち食いしているのは
わたしではないのだよ






  指

指を切ってさし木する
もう卵をうめないからだなので
ひとり暮らしの気がまぎれる
根付いて指人形みたいなものが
ゆらゆらしている
水やりして栄養剤を注入して
玄関でチャイムがなる
 いないよ
 奥の部屋で居留守をつかっているよ
と声を出す
昼はベランダに出し夜は部屋に入れる
布団にはいる
おやすみなさい という
いまのところ言葉は少ししかはなせない
まいにち水やりしなくてはいけないので
よそに泊まれなくなった
かまって欲しくなると
甘えた声を出す
ひとり暮らしなのに声が聞こえる
隣近所で評判になっている
男がいるのかとうわさが広がっている
あと二、三本
もう少し増やしてみるか





  マッチ

マッチをする
新聞紙をまるめて薪をのせる
お釜の蓋のすきまから蒸気があがる
ちゃぶ台があらわれる
小さなきょうだい六人
父母を囲んで夕飯を食べている
わたしたちは
どんな呼び名で呼びあっていたか

父の法事で集まったきょうだいたち
同じ釜のご飯を食べていた
呼び名だけは昔どおりで
口を開けば一触即発の危機
老いた母を誰がみるかはいわない
正当的なマッチのラベルには

安全第一と書いてある
ライターでたばこに火をつける
マッチは使えない

きょうだいの胸のうちで

マッチがすられている
一瞬の静寂






  さくりゃく

仕事をやめた
夫も亡くなったので未亡人でいく
いろけ
くいけ
おかね
じかん
主婦よりも割がいい
もっとしおしお歩きなよ
触れたら落ちるからね
っていったら
またうそばっかりと友だちは笑う
親はなんども殺してきたし
男をとっかえひっかえしたとか
出たくない会合にはいいわけじょうず
うそばかりついてきた
これからは本音でいく
と また自分にうそをつく





  皿

うっかり
皿を割った
なん枚も割った
まつわる思い出が
くだける
いっしょに買ったひとを
思い出せなくなっていく

ずっと
猫と寝ている
夜中 台所で
皿や茶わんがカタカタいう
猫がパッと身をおこし
耳をそばだてる
  大丈夫 誰もいないよ
  誰もいない
猫の背をなでながらいう

風呂に入る
いなくなったひとが
わたしのからだにまとわりつく
ナイロンタオルで
こすって洗い流す
風呂を出る
台所では
新しい皿に
もうひびが入っている


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