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 Collection詩集 U

長嶋南子
長嶋南子2


















































































詩集 
ちょっと食べすぎ

長嶋南子
夢人館 2000年8月

食い意地が張っている。見るものすべて食べてしまいたい。
消化して私の血肉にしてしまいたい。転んでもただでは
起きたくないのである。私は意地汚い。
 (あとがきより)






  

   チューインガム

 男でもつくって遊んでくれたほうが

 気が楽だと子どもはいう
 もう母親のわたしを背負っているつもり

 わたしの股のあいだから出た身体
 なんの遠慮がいるものか
 背負われてみる
 子どもの男くさい汗が鼻につく

 重いだろうというとそんなことはないと
 顔を真っ赤にしてやせ我慢している
 それならとわたしの手足を
 子どものからだにうんとからませてやる

 どこにいくのかと聞いたら
 棄てにいくのだという
 この日をずっと待っていたのだと

 子どもに棄てられるのならいい
 山は寂しいからやめておくれ
 街のなかにと注文をつける
 子どもの背中で
 シャネル42番の口紅をつけなおす
 どこの街に棄ててもらおうか
 ガムくちゃくちゃさせながら
 背負われたままキョロキョロしている





   梅干し

 一日ひとつの梅干し
 起きぬけに
 わたしの口がすること

 母を脱いで
 妻を脱いで
 部屋のなかは
 ぬけがらばかり

 ひふが寒い
 梅干し食べながら
 電話する
 こんな日は
 ぴったりからだを寄せあって

 することがなくなると
 しわになったぬけがらを
 引き出して口に含む
 すっぱい味がする

 脱ぎかただけが
 じょうずになっている





   練習

 口をぽっかり開け
 男は眠っている
 車いすに乗ったままで
 アンドーナツ食べている途中でも

 そんなに
 練習しなくてもいいのだよ
 もうすぐ
 ずっと眠ったままでいられるのだから

 目覚めると
 あんたは誰だったかと聞く
 男は
 誰でもないヒトになって
 練習をしつづけている

 女も練習している
 若づくりして
 別の男に会いにいく

 ふたりとも本番には弱いので
 いくら練習したって
 必ずどこかでまちがえる
 笑いとばすしかない





   おかゆ

 お茶漬けのような男と
 いっしょになったつもりが
 おかゆになった

 毎朝
 卵をいれてしらす干しいれて
 米のかたちがなくなるまで
 炊いている

 ぐつぐつすごしている
 おかゆがおいしい
 すっとのどに通る
 なんでもかんでもいれて
 男を飲みこむ

 胃のなかに男がいる
 空腹になると
 もっと食わせろと腹のなかで叫ぶ
 叫び声が聞こえると
 わたしの胃がしくしく痛む

 いつも食べて
 胃のなかの男をなだめている

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