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Collection詩集 U


坂多瑩子



















































































詩集 
こんなもん

坂多瑩子
生き事書房 20169

 蓋をしめる 蓋をあける
 閉めます 開けます
 ちょっとうるさいじゃないの
 おかあさん
 (「こんなもん」より)




  魚の家

砂場で
砂を
掘っていた 掘っていたら
砂は
海の匂いをさせて
海の底だった
そこでは
父の
もう
とけてしまった骨の
すきまから
小さな魚が生まれている
うたうように
うめくように
それらは
ひとすじの道をつくっていく

遊んでいた子どもたちが
帰ったあと

あちこちに
砂の家がちらばっていた
くずれかけた階段の下で
尾ひれのない
一匹の魚が空をみている

あたしは
二度も道に迷って
家に帰った
台所では
母が
魚の頭を落としている
あたしは
子どものふりをして
「タダイマ」といった
卓袱台のある
へやに
父の写真が飾ってあり
頭のない魚が行儀よく並んでいた





  はやわざ

蹴飛ばした石が
なにかふありとしたものの中にとびこんだ
電車がとびこんで
駅がとびこんで
ヒトがとびこんだ

家々より高いところにこの駅と線路はある
いつだったか
ギンガテツドーみたい
姪っ子が鼻をぴくぴくさせながらいった
無防備な駅
ねらわれたらお終い
あたしは思ったが
姪っ子はうっとりした顔をしていた
あ―やだね
ブンガク少女の始まり
そのあとどうしたのか
名前呼ばれて
家に入った


駅はちゃんとあった
電車もちゃんときた
とびこんだヒトの確認はできないけど
ヒトもいっぱいいた
駅と電車の色が少し薄くなっていた
あとは何もかわっていなかった
あまりのはやわざで
えっと思うか
思わないか
だった





  仲良しこよし

さちこが
近くにひっこしてきたという
薄幸な人生だったと
はげかけた口紅みたいな字をよこしてきた
あたしは苦労話なんてきらいだね
というと
あんたの長い髪に長い睫毛が
うすくなっていく
消えちまえ
すると
あたしの似合わない
真っ赤な口紅つけて
どうかしら なんていう
から夢ならどうぞ神様ほとけさま
目覚めの悪いときの
朝の食卓は
あちらこちらに扉があって
さて
お湯でも沸かそう
子どものころからそうだった
あんたは
あたしのないものばかり持っていたのに
まあいいさ
お茶はやめて
せんたくものでも干そう
せんたくものを干していたらカラスがきた
長い睫毛のカラス
たてつけの悪い扉は早く直しなさい
だって
いやなさちこ





  庭

夏の過ぎた庭は根っこが
全部つながってひとつのいきもののようで
昨日の雨で足がぬれる
足の下でなにかが吸いついてくる
音がして足がひっぱられて足がのびて
助けてといってもだれも気がついてくれない
ここにかくれてさ
おとながきたら
ひっつきむしを投げつけてやろうよ
さっき約束したタケオくんタケオくんと呼んでもしんとしている

バラの木にねこじゃらしがまつわりつき
シジミチョウがぶつかりそうになって飛びつづけ
吸いつくような音がぐるぐる大きくなって笑い声になって
庭いっぱい笑っている
雑草と呼ばれたものたちも
がさりがさりと寄ってきて
あたしのほうに
にわかに寄ってきて陽気に寄ってくる
もう庭ぜんたいが土のなかだ
夏の過ぎた庭に昨日の雨がふっている





  いもうと

いもうとは洋裁がうまい
紺のワンピースを縫ってあげるよと

わたしはちっともほしいなんていっていないのに

サージの生地を買ってきて
ジョキジョキはさみをいれている

ジョキジョキいう音を聞きながら

紺色はすきじゃないんだけど
なんていえなくて
サバの味噌煮もすきじゃないといえなくて
いもうとの分まで食べてしまう

いもうとは袖の部分にはさみをいれている
袖がどんどんのびていくので

いつまでもジョキジョキジョキジョキがおわらない

座敷をぬけて
縁側を出ていって
袖口がこすれるよ

ああ わたしのワンピース

いもうとはいつも強引だ
ずっと遠くまでいって にいっとわらう


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