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       Collection詩集 U


豊崎美夜



















































































詩集 
ジャコメッティ・サラダ

豊崎美夜
ふらんす堂 2015年11月

生活とは
わたくしが

今日を
刻むために
選びとる
造形のための角度だ  
(「時を掘る」より)



 ジャコメッティ・サラダ

肉厚の備前
大ぶりの鉢に
   茹でた
   えんどう
   絹さや
   隠元
   それからそら豆
   アスパラガス
あっさりドレッシングで
さっくり和えて
ちりめんじゃこをふりかける

無口な彩りダイエット
うっかりこぼれた
レッドペッパーの意地に
削ぎおとされてゆく余剰
およその夢も
過去をもけずり
スリムな現在(いま)をひたすら
横切ってゆく強靭な歩行のための

緑と緑
そしてつややかな緑の
ストイックな皿を
ありがたく頬張る
五月の朝は
かすかに土の香りがする




 ホワイトアスパラ考

五月のドアを開けると
土のついた堀りたての
ホワイトアスパラガスが届く

ピーラーで皮をむき
ホーロー鍋に
湯をわかす
それから
塩をひとつまみ
砂糖少々
レモンの輪切りを
二、三枚

浮かべて沸ふつ
二十分

茹でる時間も
待ちきれなくて
湯気のたつ
ホカホカの
春の芽に
マヨネーズを
たっぷり
誰よりも先に
がぶり
頬張ろうとする主婦の

大きく開かれた
口の奥で
ギクリ
途方もない
世界の裂け目が
こちらをじっと
のぞいている




 展開図

指で
たんねんに
むき拡げると
みかんの皮は
平面に変わる

抱きしめていた想いが
たよりなくゆるんで
あわい香りだけが
残るように

詩とは
ひっきょう
生きた身体を
無情に裂きひろげた
展開図であろうか

けれども
紙のうえに
並べられた言葉を
声にだして
読みはじめると
それはやがて
ゆっくり立体を
取りもどしながら

聴くひとの
胸のあたりで
丸いくだものを
ひとつ
甘酸っぱく
実らせたりもする




 黄色い本

黄色い本には
びっしり
黄色い文字
栞をはさんだ
ページをひらくと
春の真昼の
物語がはじまる

ゆらゆら
いちめん
ゆれている
菜の花畑には
たくさんの蝶が
隠れていて

それをさがす
わたしたちは
黄色い服を着て
黄色い帽子を
かぶっているので

わたしたちの詩は
まぶしい受粉を
まきながら
あたたかい場所から
光りのように
生まれでてくる




 ペンキの勇気

夜ごと
バケツをかぶって
黄色いペンキが
闇を走っている
やむにやまれぬペンキには
塗る使命ではなく
消す使命があった

許してならないことを
許したままにしてはいけない
のっぴきならない使命をだいて
バケツは走る
ペンキは走る

そのあやまちとは
いったい誰のあやまちか
くりかえしていけない罪とは
いたい誰の罪なのか
あやまちは
糺さねばならない
誤字は黄色で
消さねばならない
嘘にむかって祈るあやまちを
口ぐちに嗤わねばならない

今宵も
いっぴきの
バケツが
憂いをかぶり
黄色い足で走ってゆく
あの広場へと走ってゆく

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