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Collection詩集 U        



月村香


















































































詩集 
蜜雪

月村 香
思潮社 20187

 ある日フランス語で詩が書いてみたくなりました。拙くはありま
すが、一篇また一篇と生まれる詩にわたしはそっと、日本語をフラ
ンス語の訳としてではなく、別の詩篇として添えてみました。だか
らこの本は翻訳本ではないのです。どちらを読んでも、またあわせ
て読んでも楽しめる詩集になったつもりです。
 (詩集に添えて より



  

  小さな蝶々

わたしのベッドの上にはだいすきな人はいな
いけれどそんな日にはたくさんの蝶々のよう
な紙にわたしは小さなことばを書いて楽しむ
のそれは美しすぎる心の部屋のイメージ部屋
に蝶々が舞うわけね思うがままに書く万年筆
はあの人がくれた赤いいろ紙面にはべたべた
に書くのではなくごくシンプルに古紙端紙の
上にさえちょこっとしたかわいい気品のある
文を選びわたしは作ること見ることを蝶々の
ように楽しむだろうするとアンユンヌと詩が
流れるようにできてとっても気分がいいのだ




  
何でもないの

詩ができてからインク壺をしめかたづけると
眠るためにベッドに入るはずが娘がすでに横
たわっている灯りを消そうとするとあの娘の
かすかな声が聞こえる「かあさん」
――「
い、なあに――どうしたの――「何も、呼
んだだけ」
――「そう」それは秘密の会話わ
たしたちの小さな小さな連続する発語は消え
そうで愛らしく時になみだにうるみわたしの
インク壺に同じく毎晩の日課となった彼女は

何歳だろうか? わたしには見抜けないなぜ
ならわたしたちは精霊そのものであったから




  聞かせて

起きるなり冷蔵庫の12粒の新鮮なプチトマ
トを鬼のように食べ生き返ります甘いトマト
は大好きなぜって赤いからです毎朝トマトを
食べて紅茶を飲むトマトにシトロン入りのテ
ィーとフロマージュトーストなどゆっくり食
べていると古い友人の顔を思いだすわわたし
は空想の会話を始めるあなたの作る朝食は子
どもにお弁当を作ってあげた頃と同じ? あ
なたの息子さんは三つのときに会って以来美
しくなった? あなたの毎日の読書は相変わ
らずの宝物? くしゅくしゅ? やかんのお
湯がわいたあなたはどうして食事を作るのが
嫌になったの? きょうあなたは昼寝をする
の? あなたは今満足? 何でもいいから聞
かせて何でもいいからむかしの友にもどって




  蜜雪

雪よふれと空に祈る雪の声を聞くようになる
と空は雪をどんどん降らせ美しきもあり甘く
もありおそらく空は大騒ぎをしているのにわ
たしたちはカルムだそれを蜜雪と呼ぶ次いで
愛が口からこぼれようとし最初に蜜のように
垂れるときそれは蜜雪だ簡単に表現し口にす
ればこの大地のなんという狂喜よわたしたち
の愛は蜜雪の小さなびんに入ってゆくそして
やがて季節は春になるだろう雪がわたしで蜜
があなただからわたしは消えあなたはなかな
かなくならないのね春になり多くの花が開く
とあなたはまた蜜をたくわえ別の男になるが
あなたも老いてゆくあなたは雪の降る頃を思
い描きふっと何かを想うそして雪は消え蜜は
消えこの世界は全く初めから始まるであろう
 

  

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