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Collection詩集 U         



伊与部恭子


















































































詩集 
家鳴り

伊与部恭子
版木舎 20209


屋根裏でじっと家族の音を聴いている

天井が鳴る
つつがなしや と祈る音だ

(「家鳴り」より)


 

 

  

  新居

建築中の新居に死体がある と家人が言った。
警察に連絡し 対処すると言われたがすぐにではないらしい。
現場へ下見に行っても死体は見たくないので屋根の辺りにばかり
目を泳がせていたが 黒っぽい布を纏った柔らかそうな塊が視界
の端を一瞬かすめたので やはり在るらしい。
それを内に秘めたまま壁が張られ 戸が填め込まれて新居は完成
した。
幸いそれがあるのは裏手の土間で 普通は入ることもない。
しかし気になって友人に相談すると「うちにもあるよ」と事も無
げに言った。
何処の家にも一つや二つあるものだそうだ。

日々の忙しさにまぎれ 最近では死体と一緒に暮らしていること
などすっかり忘れているが 時折家人が炬燵で蜜柑を剥きながら
「あれ 最近幸せそうな顔をしている」などと言うことがある。




  失くしもの

女は 倹約をしながら
勿体ないと包装紙や古着を溜めこみながら
切符を買う度に
タクシーで支払いをする度に
小銭や札を落とす
大切にしていた黒真珠のブローチも
カシミアの手袋の片方も失くして
時々思い出しては
何処で落としたのか と悔やんだ

足を痛め 出かけなくなると
落としものをすることも無くなったが

程なくして
夫を失くし 一人息子を失くした

長く一人で暮らし
老いて
初夏の頃
女は すっきりと痩せ
透き通るように 穏やかに逝った

縁側の物干しに
割烹着や靴下を下げたままの
物の詰まった 古い家は
女を失くした




  御山

地元では幼児も登る
私も小学一年生の秋遠足で登った
早朝 日の出前から登る人もいる
友人の母は目覚めてすぐに登り
下山してから布団を畳んで 朝食にするという
日暮れてから登り
頂上から眺める夜景の素晴らしさを言う人もある

高さ二百五十一メートル
縄文時代の旧跡らしものもあり
狐の伝説も小藪に潜む

誰も山のかたちは知らない
「遠足で行った御山の絵を描きましょう」
と先生が言うと
ある子どもは自分の顔を
ある子どもは死んだ祖母を描く




  球根

春に咲く花だと思う

針のような葉を伸ばした小さな球根
長いこと花を付けていないので
何なのか忘れてしまった

花の咲かせ方を忘れたのか
自分が花を付けたことさえ 覚えていないのかも知れない

それでも雪が解けると芽を出し
しゃにむに茂り
一もとの葉でしかない自分を 鉢一杯に増殖させた

秋の終わり
株分けし
一本ずつ 花壇に植えた

しんしん冷える夜
星の音を聞きながら
それは
たよりない身をふるわせ
思い出そうとするだろう
自分のなかに下りてくるものを 喉元に溜め
それが ゆっくりと凝って
ひとつの言葉のようなものになるまで

  

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