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詩集 おもちゃの馬
野口幸雄
澪標 2020年5月
枯らしたのは木だけだったのか
あの若い職人の心をも枯らしたのではなかったか
そのことに気が付いてからです
私が詩のようなものを書き始めたのは
(「枯らしたのは」より)
浄瑠璃寺にて
澄み切った静寂が
平安時代そのままに
当尾の里をおおっている
本堂を写してる「宝池」に清浄な風が渡ると
阿弥陀仏らは 微笑みをうかべて座禅をくみ
横一列に並んで参拝を受ける準備を始めます
三重塔と本堂 九体の阿弥陀仏 すべて国宝
なのに 拝観者はけっして多くはありません
里山を散策してきた信仰心のない人ばかりだ
仏教界に詳しい友人が 真顔で言うのです
仏様も九体もいると座る位置を「あみだく
じで決めましょうと揉めているらしい」と
「宝池」に さざ波がたっている
おもちゃの馬
「この子は長く生きられないかも知れない」と
おやじは医者から聞かされていた
勉強しながら療養する施設は
病気が重すぎて入れなかった
大人ばかりの病院へ
おもちゃの馬と一緒に入院した
おもちゃの馬は尻尾を上げ下げすれば
真っ直ぐに走ったり円を描いたりした
まずしい大工のおやじが与えてくれた
精一杯贅沢で精巧なおもちゃだ
人里離れた田んぼの中
退屈な患者達は私を可愛がってくれた
病院では死者がでることもあって
そんな日は誰も遊んでくれなかった
長い廊下に馬を真直ぐ走らせ一人で遊んだ
おもちゃの馬は遠くへ消え去ってしまった
あれから何年経ったのだろう
だれもかれも逝ってしまって
もう自分一人だけで遊ぶほかはない
あの馬が円を描いて戻ってきたのだ
修行中
男一匹 孤独に耐えられるようにと
山の中の一軒家に住むことにした
隣の家まで二キロはあるだろう
全くの一人である
ウグイスが鳴いているだけ
ウグイスに
「やかましい!」と怒鳴ったら
ドアがバターンと大きな音をたてて閉まった
おお 怖っ!
百円ショップ
買い物カゴに放り込む
台所用品、インテリア、文房具、印鑑
なんでも百円
役に立たなければ捨てればいい
中国、タイ、ベトナム、ミャンマー
アジアの国々
訪ねたことこともない国の
時に使い捨てられる人達の仕事
語学を学ぼうとテレビをつける
旅するフランス、ドイツ、イタリア、スペイン語
俳優が案内をして
贅を尽くした王侯貴族の館で 会話の練習
ネリリ、キルル、ハララ* 火星語はこれでいい
火星の友人に送る便り
封筒は手づくりした
捨てずに取り置きしていた お気に入りの包装紙で
*谷川俊太郎の詩「二十億光年の孤独」より
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