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Collection詩集 U


杉本徹
杉本徹1


















































































詩集 
十字公園

杉本 徹
ふらんす堂 20039

宇宙のほとりで、はてもなく点されては消えてゆく季節の火影。
見つめること、耳傾けることは、さすらうこと
無伴奏の
ラメントとして。(帯文より)
 






   地球という驢馬の……

 地球という驢馬の背から
   鳩という呪文が空に散る……
 (あのいく枚、いく枚もの、ガラス細工の東の空)
 地下鉄を降りて人のくちづさむ、氷のシャンソン
 陽の矢に傷ついて港そして、エスカレーターの嗚咽…
   ザ・フィ・ロ… zaffiro
 こうしてぼくの地図、出口の記されない
 銀鼠
(ねず)の町なみの織物は、張裂けた、ね、プブリウス?
   微笑は小石さ、干からびた海星
(ひとで)のような





   滲む馬車

 …駅、駅は花ざかり、霧雨の、時計の途絶え
 陸橋は濡れそぼち、泥に塗
(まみ)れて鈴のころがり…
 カル、カル、と… わたしのカナリア、血と馭者に似た
 片頬かしいで、滴
(しずく)と箱、誰のものでも、ない馬車だから

 脇道のガレージ歪み、輪舞
(ロンド)くるめく蜘蛛…
 雑踏に掃き寄せて白い微笑、白い、昨日に舞え…
 ガラス屋に谺した二秒の、車輪の、仄めき
 誰か素足で踏む、オルガンにつれ、夏過ぎよ、過ぎよ

 …椅子、椅子の思い出、語ろうとしたが
 横顔は濡れそぼち、遣る方なく片膝揺すり…
 日除
(フ゛ライント゛)の、指にのるような震え… 遠い近い家の
 あれは何の剥落のリズム、あれは酩酊した一人ぐるい

 鐙
(あぶみ)の薄光り知らぬげな、舗道の人よカル、カル…
 フラスコに唇寄せて、ウェイトレスの囁いた、運命は
 よく、聞こえない… 血と馭者と、わたしのカナリア
 片頬かしいで、滴と箱、誰のものでも、ない世界だから





   糸杉の思い出

 紋雀蜂の訪れを待つカフェで、ガラスの嵌った扉を開け
 今朝ひとりの郵便配達夫が影を踏み、渡っていった
 トランペットの悲しい螺旋を、さまよう、ように、覚束なく
 …肌理の荒い、押葉標本をじき抛るから… 亡ぶ前に……
 戸外を示す手は冬の、糸杉の、渦を熾
(さか)んに描こうとした

  *

 数年に一度、辿る坂があって、やがてわたしの裏庭は左手に
 垣間見える、糸杉の囲いの後ろで蹲る、掌
(てのひら)
 斜めにして、よわい陽に翳
(かざ)し、エ、ア… など呟き洩らすと
 建物につづく庭土もそぞろ傾いで、枯れた芝草は
 忘れられた水路の、ように、手紙の面
(おもて)に滲みはじめる……
 この手紙… 何事だろう、行間だけ置き去られた日暮れ、とは

  *

 渦の頂を見下ろす高みから、急な石段を降りてゆくと
 ぬかるんだ小公園があって、昼間のあの驟雨のこと、思い出す
 あたりはもうすっかり暗いと、いうのに、二人の子供、佇んで
 一人は濡砂をわずかに蹴立てて、漏斗の形に、地を掘る
 かと思うと一人は、見えない鞴
ふいご)を踏むように、躊躇がち





  十字公園

 冬の驢馬は、灰色の木の交差を、瞠
(みつ)めた
 正十時の、刻
(とき)をかぞえ、わたしも不慥(たし)かな
 何か、ふと嗄れる息、水に映る断崖、針の揺らぎ、の類を
 切に希ったのだ、愛おしみ滴
(しずく)となって、地に沁みたのだ

 
……なんという踏み迷い、だろう、蜜のようにほそい陽が
 驢馬の鼻梁からしたたり落ち、黒い草のうえでふるえている


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