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Collection詩集 Ⅱ



北村真
北村真2






























































































































詩集 
穴のある風景

北村 真
ジャンクション・ハーベスト 200512

唇をとじる
目をつぶる
それから
ん は
頭から水をかぶる  (「ん」より

 
   

   眼鏡

 
夜につまずいて
 眼鏡をはずす
 ついでにレンズもはずす

 レンズのふちが濡れている
 フレームも濡れている

 これは 僕がこぼしたものなのか
 通り過ぎた街から こぼれおちたものなのか
 それとも レンズが流したものなのか

 残り雪を踏みしだいたような涙をふき取って
 みがいたレンズを渇いたフレームにはめ込む

 それから
 < 魚は夢を見るか >
 という本のうえに
 眼鏡を置く

 僕のとなりに
 ほんのすこし軽くなった夜を
 横たえる





   初秋

 
まるく平べったい種が
 二階のベランダに散らばっている

 間違いのたびに書き直したのか
 文字のようなしわが
 黒い殻に刻み込まれている

 地上に落ちると
 ぱちーんという音とともに
 鞘がはじけ ねじれ
 藤の種は飛び散るという

 遠くまで届くように
 種に 仕組まれた形
 鞘に 仕掛けられた装置

 読み取れなかった
 幾通もの手紙を拾い集め
 初秋の配達夫をまねて
 ベランダから撒きなおす

 夜明けの空も
 また
 誤謬に満ちている





   自動改札機

 
本当に ここから入れましたか。
 折ったり曲げたりしませんでしたか。
 そうですか。
 疑ったりしてすみません。
 
 実は ときどきこういうことがあるんですよ。
 すべての部品を取り出しても ばらしても
 切符がどこからも出てこないって事が起こるんですよ。
 で、おもうんです。
 もしかしたら こいつが やったんじゃないかってね。
 そんな気がするんですよ。
 
 わざと切符を飲み込んで
 おれは ここにいるのだと 大声で 叫んだんですよ。
 そして、両腕を広げ 必死にあなたを
 呼び止めたんじゃないかってね。
 
 まあ、気持ちはわからないわけではないのですが。
 魔がさすってやつですか。
 機械に 魔がさすってのもおかしいですがね。
 
 時間をとらせました。
 これが代わりの切符です。





  破片

 
先のとがった黒い石
 ペットボトルの小さなふた
 プラスチックのコイン

 学校からの帰り道
 娘が立ち止まった小さな駅のいくつか

 ポケットを裏返し
 陽だまりといっしょに
 最後に取り出した
 半分欠けた黒いボタン

 はじめて出会う
 つややかなことばのように
 光にかざそうと

 ポプラ広場のフェンスの隅に座り込み
 小さな指でつまんだものが

 静かな午後の
 テーブルの上に並んでいる

    *

 < 手にとって見てください >

 ヘンミさんはそう言って
 捻じ曲がった金属の破片を
 僕たちの前に差し出した

 たくさんの人の手に乗せられ
 いくつもの眼に見つめられても
 なお 鈍く輝き 冷たい

 カブールの近郊
 赤茶けた大地の破片

 白いパラシュートのついた
 空から舞い落ちる
 黄色いひらひらを追いかけ

 はじめて出会う
 不思議なことばのように
 ポケットにしまい込もうと

 よく晴れた空の下にしゃがみこみ
 アフガンの少年が
 小さな手で
 握ってしまったもの

 砂埃がこびりついたまま
 机の上にある


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