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               Collection詩集 U



中堂けいこ
中堂けいこ2


















































































































詩集 
枇杷狩り

中堂けいこ
土曜美術社出版販売 200611
詩と思想新人賞叢書1

2004年度第13回「詩と思想新人賞」の、……受賞式より一年の猶予をいただきこの度、
やっと一冊にまとめることができました。ほとんどがこの一、二年に書いた作品で、
かといって殊更目指す方向があった訳でもなく、日々何が書けるかという心地良さの中で
過ごす事ができました。(あとがきより)

    

 

   枇杷狩り

 帰らない夜の一人
 離れ屋に息子が棲む
 夕暮れの蝙蝠
(こうもり)の速度へ
 白い犬のつけた小径がつらなる
 枇杷の実のなりぐあいを確かめては
 嘴
(くちばし)を盗む鳥鳥
 甥と姪が見上げる口々に
 ほら枇杷狩りをしよう
 隣家では黄色い犬が繋がれている
 ほら解いておあげ
 周りを犬たちが巡るうち
 枇杷の実がたわわに寄り
 皮はぐ手首につたう
 わたしたちは種をこぼし
 そこから一人一人育ちあがる
 いつか大木になるまで家々の軒をゆすり
 廃坑では蝙蝠の暗褐色がひろがる
 枇杷の木を伐りなさい
 と父の声
 硬い葉が踏まれている





   

   グッバイ

 自転車に乗って 自転車に乗って
 フォークシンガーの濁声がする
 どこまで踏み込んでも固いペダルが
 あるとき急に軟らかくなる

 ここは黄色い小径
 サドルの後ろを支えている
 はなさないでね きっとよ
 はなれれば 自由のロリータだ
 少年の赤い息
 肩越しに聞こえる
 まだ乗れないのか
 待っててやるよ
 なるべく遠くをみるんだ
 その遠く

 眼下にもどることのない橋がある
 松林の病院では
 モニター画面の心電図 呼吸数 血圧数値
 左から右へ絶え間なく波が寄せる
 枕元で読まれるナボコフ
 波の上をローとハンバートが

 跨いでゆく なんというぎこちなさ

 自転車にのって

 忘れたころに現れる少年
 鳶色の瞳と赤い息
 四つ切りの画用紙を丸め
 声変わりしている






   白蛇

 
 白い蛇の夢を見た。祖父のことらしい。「じいちゃんが死んでし
 まう」と祖母が泣いている。消え入りそうな泣き声だ。白い蛇はぬ
 らりとまるまって動かない。親指ほどの太さの二十センチくらいの、
 わたしが指で触れるとすわっとくねる。あ、生きてる、大丈夫、ま
 だ間に合う。大急ぎで廊下の突き当たりの洗面台まで走り、蛇口か
 らスポイトへ水を吸わせる。焦るのでうまくいかない。やっと少し
 ばかりの水が入って、白蛇の口元に含ませる。ふいに白さがはえわ
 たり、ああ、じいちゃんが生き返った、よかった、よかった。障子
 越しに薄明かりが射して、人々の顔がほんのり浮き上がる。
  祖母は見慣れない縦縞の銘仙を着ており、祖父は白蛇になってい
 る。ここではそれがあたりまえのことのようであった。二十年前に
 相次いで亡くなった二人は、今、眼の前で生きており、 「じいちゃ
 んはわたしの手の中が一番好きなの」 と祖母は両手の中に白いもの
 をとぐろかせている。蛇になっても祖父は結構なハンサムに見え、
 縦縞の祖母も白蛇の祖父もおかしいが、 生きているのは何よりうれ
 しい。






   ジェイムズにちなんで

 元町でNY発のジーンズブランド
 「ジェイムズ」を見つける

 ブルックリン橋を渡り終えたら
 ふりむいてごらん とジェイムズの声がした
 小さいくしゃみ
 鼻をかみなさい
 ふりむけば
 ウォール街が両手の指先でつかめる

 わたしは昔の地図を広げる
 床の上の二つの印は
 指で囲って すでに無いものとして
 わたしはNYに行きたかったのです
 なだれのようにほんとうに行きたかったのです

 祭壇の前では
 ぬるま湯に香油がたらされ
 赤ん坊が三度湯浴みする
 泣きじゃくる額に十字架とオリーヴの葉と
 ヤコブよ
 ヤコブと名付けられ

 鼻をかみなさい
 ジーンズの後ろポケットからティッシュの包みをつかみ出す
 擦れるジェイムズの布切れ
 少年の輪郭がふいにぼやけて上背がのびる

 腰に手をまわし 頬すりよせ
 柔らかな紅い息
 身をよじる女たち
 やっと見つけたわ 長い腕巻きついて耳が熱くなる

 橋の下を貨物船がくぐりぬけ 一度だけとバイクで疾駆する
 一人また一人 船底にジェイムズがつみこまれている


     
ラテン語のヤコブ(Jacobus)は英語のジェイムズ(James)
      あたる


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