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       Collection詩集 U


たかとう匡子

たかとう匡子1


















































































詩集 
 学校

たかとう匡子
思潮社 20059
8回小野十三郎賞

昨日とおなじように
しきりに
白いものが舞う
学校
という場所 (帯文より)
 



 惨劇

 群生する
 ドクダミ
 掻き分け
 その白い十字の花を摘み
 カプセルに詰め
 校舎の
 裏庭に
 埋める
 指さきに残る強烈なにおい
 摘んだドクダミの白い十字の花ひっさげて
 テニスコート脇のイチョウの樹の根もとに
 文芸部の部屋にも
 玲子は
 埋める
 埋める
 いっぱい埋める
 ずいぶん遠くへきてしまったね
 学習園の花壇に咲く
 マリーゴールドをバットで殴って
 たった今
 その花の
 首を折った少年は
 さっき猫を刺したと血糊のついた刃物を差し出した
 (だれか聞いてもらえる人はいなかったのかしら)
 少年はもういない
 激昂する感情を
 壊れた家に閉じこめて
 少年は谷をわたる
 (出会いがしらにわたしたちはことばを交わすことはなかった)
 靄のかかった森の奥
 よくみるとクモの巣に
 ベニシジミの死骸がひっかかっている
 名を知らぬ巨木の根もとにはさっきの血糊のついた刃物
 惨劇のすこし前
 たぶん少年は
 ひとさじの水を欲している
 その少年はもういない
 白い顔が
 ぼんやりみえる
 さっきの少年とは違うまた別の人影
 こんな日の夜は
 月も
 星も
 出てきてほしい
 玲子は空を仰ぐ
 教室の
 窓の下には
 ふかい沈黙
 そのときプロムナードを黒い影がよぎる
 旅人かもしれないね
 あんなに急いで
 どこへ行くのだろう





   幻態

 朝から晩までメールを打ちつづけていたのに
 大地はどんどん広がるばかり
 おもわずあなたの名をよんで駆け出した
 じれるわたし
 水辺に足をとられたらしい

 今朝は
 草も
 木も
 みえません
 小鳥の影も
 みえません
 あっちにも
 こっちにも
 ぐったりと疲れた顔
 あっちにも
 こっちにも
 苦しげにゆがんだ顔
 ときには樹木の中心をながれる水の音もゆがむ

 男の赤ちゃんが生まれた報せが届いたのは
 そんななかでメールの操作をまちがえたときだった
 深夜に近かった
 だれかが投げたのか小石が水面をすべっていって
 波紋がひろがる
 朝から晩まで打ちつづけるメールは果てしなく
 おもわずあなたの名をよびながら
 夜になってもまだ駆けているつもり
 壁にぶつかったのか

 今夜は鈍い壊れ音
 空も
 山も
 みえません
 人間の影も
 みえません
 壊れ音にまみれた
 昆虫のようにかぼそい
 吐息ばかり





   窓

 
沈む竹林に手をさしこんで 地下茎に鋏
 を入れている ひたひたひたと足音 わ
 たしの背中をよじ登ってくる 伸び放題
 の 竹 竹 竹が生え いつのまにか一
 列に並んで境界線に立ちふさがっている
 わたしの頭蓋にまで 侵入してくる気配

 丑三つ時は
 狂気がいっぱい
 世界が見えない
 その地下茎を引きずり出し
 あちこち何度も鋏を入れるのに
 竹は
 列を組んでひろがり
 そしらぬ顔でじっと目を凝らして
 海のかなたをみている

 海をみている竹を わたしは頭蓋に小窓
 をあけてみている どんなに手をさしこ
 んでも 深い地下茎には届かない その
 根を切断しようなんて だいそれたこと
 かしら ふすまをあけるとそこはどしゃ
 ぶり 狂気でいっぱい 世界が見えない






   中庭の風

 
木のあいだを抜けると傾斜ははげしくな
 ってむこう側になだれ斜面の中ほどにぽ
 っかりと洞窟が口をあけるあああくびを
 したのねといってわたしは庭下駄をつっ
 かけ中庭に立つ

 洞窟の中から一人の男が鍋のようなもの
 を携えて出たり入ったりするのがみえる
 そんなときわたしは動かないこんにちは
 とも言わないで中庭の風になっている

 木の枝を折る乾いた音がして暗がりに火
 がついてもう一度さっきの男が現れるそ
 こには色がないにおいがないああ色あせ
 た写真ねその色のなかの黒だというのに

 木のあいだを抜けると斜面を板に乗って
 滑る遊びをしている男の子がいる傍らで
 はトロッコがせわしそうに往来するそこ
 にも音がない声がないわたしは木のあい
 だをくぐって中庭に立つ

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