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       Collection詩集 U



貞久秀紀
貞久秀紀2




















































































































詩集 
空気集め

貞久秀紀
思潮社 19978
48H氏賞

友も/垂らすひとも
視野からゆるやかに締めだされて
世界はやわらかく/春へ
閉じてゆくらしい (帯文より)



   口語

 話すたびに口を割るひとから
 電話があり
 体でゆくから待っていてくれという
 不二家の前で
 できるかぎり
 体のまま待っていると
 浮き沈みのはげしいひとであるのに
 遮断機のむこうから
 すくすく育ったままあらわれ
 笑顔で近づいてくると
 不二家の前で
 石よりもすずやかに
 口を割ったようだ
 「やあ」という
 単純さで





   グループ

 シールを目つきと呼びなし
 文房具や野球帽のおもいつくところに
 目つきを貼っている甥たちがきて
 わたしは菓子をあたえながら
 呼びかたを正そうとしている
 「おじさんは顔じゅう
 文面だね」
 習ったばかりの言葉をわたしにあてはめ

 集めたものから一枚ぬきとり
 手の甲に貼っていった
 わたしはしばらく剥がさずにいて
 子らがわたしの部屋にまぎれこんで来るたびに
 手の甲をあげてみせ
 子らも「しっ」と指をあて
 からだのいろいろな所から合図を送ってきた
 甥たちが帰ってしまってから
 シールを剥がし

 手の甲の痒みとともに
 目つきもうすれてなくなるころ
 わたしは顔じゅう
 蒸しタオルで読みとり
 家のものとビールを飲みながら
 組織を抜けるだろう




   火

 日あたりのよい路地にはいると
 幾羽もの
 黄いろい雛がふわふわ歩いている
 掬いあげてもにげることなく
 こぼれおちては
 落ちたところから
 同心円でふわふわふくらみ
 歩きはじめる
 放し飼いであるらしく
 戸のすきまから
 出入りしているものもあり
 家のなかでいくたびかマッチが擦られると
 雛にまじりながら黄いろくにおっている
 あといくつか
 折れてゆけば通りへでられるのに
 しゃがみこんで雛を数えだしており
 数えるうちに
 自分も繰り入れてしまうらしく
 総数を割り出せないまま
 日あたりのよい路地の
 中ほどに
 「巻きこまれていますね」
 すきまからふわりと歩みでてきてしゅっ
 しゅっと立てつづけに擦り
 幾羽もの

 黄いろくまるい
 火をふくらませる





   母音党

 小川母音店の主人から
 三〇〇円均一
 五個入りの「っ」をすすめられたのは

 いつだろう
 品名を「発音できたらいつでも
 売ってあげるよ」
 正しくとなえようとしても
 子どものわたしからは
 声でなく
 身ぶりしかでてこないのに
 「残りあとわずかで店を
 つぐむよ」
 口癖をいいながらレジで微笑み
 待ってくれているので
 他の子らのように
 音をすばやく
 
 正確にだしてしまいたいのにもはや
 小川母音店の
 主人の手にあまるほど
 踊りだしたのはいつのことだろう


 
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