
詩集 昼のふくらみ
貞久秀紀
思潮社 1999年8月
ものみなくまなく見えてあかるく澄みわたる光景に、なにも見えていない
という空虚が重なると、この世が在るようでないような、ないようで在る
ような、奥行きのある平面といったものに思われてくる。
(後書より)
梅雨
縦
横
奥ゆきのいずれかをえらびなさい
夢のなかでいわれて縦とこたえた
めざめても縦がひとすじ
挿入
されているのだった
縦のあるからだで横になって
雨にたっぷりつかる
田
をみている
水はあふれているのだった
縦からあおく
水塗り
水塗り
をしていきてゆくことを
水ぬるむころにかんがえた
昼のベンチにもたれていると
花でくらすひとらが
道をふみにじることなく
いたるところからあゆみきて
花をさかせようとしていた
この世をうすく
ぬらしてくらしを立てる
そんなひとはいたるところにいるものです
水塗りをするひとからきいたことを
昼の
あかるみにいてかんがえているとわたしも
花のひとらも
ひとみな
水塗り
をしていきているとおもわれた
水ぬるむころの
やわらかなこの世に
桜
花のころ
この世をはかなむ
ことをたのしんでいる
たのしみながら
この世にはかなくなっている
花におくゆきがある
というひとも
おくゆきのはてに花がある
というひとも
おあいこなのだった
極大
が
極小にひらいてふくらむ
と
花としてさいた
来年もまた
お会いしたいものですね
ひとはそういってわかれ
花のころ
会えたり
会えなかったりした
体育
ひとの世
には
こころをこめた体
があるように
体
をこめたこころも
ひとの世にはあるかもしれない
と
あるきながら
考えている
あるきながら考えていると
考えながらあるいてもいた
昼の
垣根がある
むこうからひとがあるいてくる
すれちがいながら
垣根ごしに会釈をかわし
それきりで
過ぎ
ふたたび会うこともなかった
けれど
会釈をするとき
こころ
には
体がこめられた
そんなふうに
さわやかにすれちがうのだった
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