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       Collection詩集 Ⅱ



竹田朔歩
竹田朔歩2






























































































































詩集 
サム・フランシスの恁麼(にんま)

竹田朔歩
書肆山田 20079
41回小熊秀雄賞

自己の存在の記憶を、ひとつひとつ確かめている人である。
自己がいったい何者であるか。さらに加えて変革の鞭をふるいつつ
表白の領土において尚一層の造型性を高めようとしている。
(帯文より)

 

  恁麼(このように*

 もう  そこまで来ているよ
 追いつ  追われつ
 火蓋が切られ
 転がって ころがって  八倒する
 輪が広がって
 内へ うちへと  行脚する
 百戦錬磨の
 つづき
 もの


     蛙を
 見入っている
 捕らわれものの
 起死回生
 肢をひろげ 跳躍し
 うちから外へ 這い出そうと
 踠
(もが) もがき  遁れようとする
 いっこうに なんの  変わったこともない
    五里霧中の面構え
 底深く棲みつく岩石も
 川瀬の六六魚

 寝耳に水の
 狂いもの
   しっ
   しっ


    
*恁麼(にんま・いんも)禅用語「このように」「このような」の意。
     *六六魚(りくりくぎょ)宋の李石撰「続博物誌」10巻の第2巻「鯉魚大小並三十六鱗」
     鯉の異称。





  顚末

 さむい夜ふけ
 土鍋で 黒豆を煮つめる
 もうすこし もうすこし と煮つめる
 誰か
 気配を振り向くが 誰もいない
 きっと こちらを越えた向こう側でも
 ぶつぶつ こじつけを煮つめるのだ
 もうすこし もうすこし と夜を煮つめる
 どうしようもない 横つながりの生が 黒く溜まっていく


 台所の木製の椅子に 腰をおとす
 土鍋の中は
 そこだけ 口も目も すべてが抛げこまれて
 抛物線上になだれてゆくものを喰む
 あえて 途絶えさせてきたものを喰む
 黒々と膨らんで 喰いつくす


 陥穽する  わたし自身を喰む
 根深いわたしという底  底の底に


 二度と見
(まみ)えぬ事のいきさつを 踏みかためて
 生きはじめる





  

 三月は 待つことからはじまり
 長い髪を梳かしている
 湾口の夜明け
 しずかに打ち砕かれたものが 波打ち際にはじけ散る
 暗緑色の波が
 色とりどりに溶けていき
 彼方から聴こえる暴風が 覆い被さるように耳を塞ぐ
 眼裏を繋いでいく日々
 たしかな足取りで
 地面に くっきりと佇む


 湾岸道路沿いに ひびく靴音が遠ざかり
 港へと 崩れ投身する
 朝の輝かしい光
 窓から見える 対岸に浮かぶ鮮明な建物
 熱狂する湾岸
 打ち込まれた杭の一本一本を とじこめた憶い出の破船は
 新しい聖地へと向けて 漕ぎ出していく


 変容する海水に喘いで
 すべてを 受け容れようとする やわらかな春のきざし
 滑らかに 引っぱられていく
 踝





   空の上 一本の太い幹

      毀された建物の跡地に
      土塊まじりの   多年草は
      低く くぼんで
      ざわざわ 風がぬぎ捨てていったものを 見つめる


 わたしのなかの 抜け途は
 どこかで逸れ
 踏み落としてきた銀杏の実の
 のびてくる根茎を ひきずりだし
 溶けない言葉の地底に湧き上がる


 立ちすくんでいる聖靈が
 明滅すれば明滅するほど
 その容姿は あらわに ほどかれ いとおしい
 あおる風も 黄色い無数の実も
 その根茎もけっして葬り去ることはできない


 がらがら 陽光に照らし出された表層の欠片は
 むらがり 影をはらい
 錆びついた金属片のうえを
 深ぶか 生を抱きしめ
 渉っていく


     なつかしい
     地熱を擦り  ほとばしる発汗が
     渦をまきあう
     その高くひびきあう大空で
     そびえる一本の太い幹を
     上りつめて


 銀杏の大樹は耳と目をすまし 手と足の躍動が
 つよい生命の振幅を まっすぐに
 つきぬける
     

     その高くひびきあう大空で
     そびえる一本の太い幹を
     さらに 上りつめて
     どのような明日の日か

  

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